2009年7月 3日 (金)

「ド・ラ・キ・ュ・ラ」@テアトル・エコー

恵比寿にあるテアトル・エコーの公演「ド・ラ・キ・ュheartラ」に行ってきた。それほど期待していなかったけど、私の好きなラブ・コメディーで、ちょっとペーソスも効いていて、見終わったあと嬉しい気分で劇場をあとにすることが出来た。

舞台はロンドン、13年前、駆け落ちしてドーバー海峡を越えようとした若者が銃弾に倒れた。

ルーマニアからやってきたバンパイヤ達、その中には怪物君や狼男、子泣き爺(熊倉一雄)もいるという設定。自分達の復活の為に最適な遺体を獲得したが、その青年は仲々うまくバンパイアになれない。彼は生きていた当時の記憶がなく、近隣の貴族の少女を狙うように唆されるが、13歳の少女の哀しみに寄り添い、母親の貴婦人に惹かれる。

最後には自分の素性と運命を思い出し、バンパイヤとなって結ばれるというハッピーエンドだった。

バンパイアの中に和ものの妖怪が入っても破綻しないのは流石だ。まず私の好みからいくと、主人公をやった川本克彦の好感度の高さがこの作品の好感度を上げている。あとバンパイア兄妹の台詞の確かさかな。今回神父役も好かったよ。

若い役者はそれぞれ素晴らしいんだけど、熊倉一雄の存在感ってすごい!すごくて違和感がないのがもっとすごい!

私は基本的にお笑い系が苦手。その私が違和感ないというのだから、よく出来た芝居だったと言えるね。

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2009年6月28日 (日)

必殺仕事人2009

新しい方向を探る「必殺シリーズ」が終わった。昔、必殺シリーズは好きでよく見ていた。村上弘明や、三田村邦彦、中条きよしなど、今で言うイケメンとかビジュアル系という人が好きで見ていたように思う。だから、今回の東山紀之や福士誠治に惹かれて見ていた。でも、なにか違うなという感じがしていた。

時代なのだろうか。それとも私という人間が変わったのだろうか。

最近CSで再放送される昔の「必殺」を見ていて、虐げられ、恨みを残して殺される人々を見たくないと思っている自分がいる。その理不尽な悲劇がなければ「金を貰って殺しを引き受ける」という行為の存在意義が成り立たない。それなのに、そんな悲劇を見たくないのだ。多分、恨みをはらすという方向でなく、生きている間にその理不尽を解消させてやって欲しいと思っているんだね。

和久井映見や中越典子というお気に入り女優陣もいて、『このごろ福士誠治の出番が少ないな』とか思いながらも最終回を迎えて、多分作り手側も完全燃焼できていないのではないだろうかと思った。

私は松岡昌宏や大倉忠義とかに関心ないから、作り手側の意図とすれ違っているかもしれない。今回は適当な短さで終了して適当だったという感じだ。田中聖ってちょっと良かったね。

中村主水は脇になっても存在意味はあったと思う。他にも脇の悪役に芸達者をもってきていたけど、藤田まことがいることが、この番組をしっかり落ち着かせていたと思う。

主な人物は生き延びたみたい。またシリーズは続くのかな。続けば見ると思うけど、もう福士誠治はいないんだね。それは寂しいな。

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2009年6月24日 (水)

さまざまな「御宿かわせみ」と「用心棒日月抄」

東京の実家では地上波だけしか見れないけど、九州の実家ではCSの契約をしているので、時代劇チャンネルや、日本映画とかチャンネル銀河なんかも見ることができる。

高嶋礼子と中村橋之助の「御宿かわせみ」の良さをあらためて感じた。そういえば真野響子版(小野寺昭)が昔は評判が高かったっけ。最近見ないね。小手川祐子版(橋爪淳)は橋爪淳がお気に入りだから見たけど、高嶋礼子版には及ばない。沢口靖子版(村上弘明)を今回ちょっと見た。二人ともお気に入りの俳優だけど、この配役にはぴったり来ない感じだった。

藤沢周平の「用心棒日月抄」のテレビ化もいろいろなされていたんだね。平岩弓枝は少なくとも決定版といえるテレビ作品が出来ていて喜ばしいことだが、この藤沢作品の映像化は、私に言わせてもらえば、残念ながらどれも成功していない。

私はこのシリーズ原作が大好きで、繰り返し読んでいる。イメージとして青江又八郎は村上弘明がぴったりだと思っていたが、なんと彼で映像化されていたんだね。今回ちょっと見る機会があった。ところが、「こりゃなんだ」って感じ。もったいないなぁ、村上弘明の若かった時代って限られていたのに、こんな作品にしちゃって・・・という感じだった。いちばん酷いのは、由亀が弟を伴って仇討ちに江戸にやってくることだろうな。誰だ、こんな脚本にしたのは、と思ったら、なんと中島丈博だった。何年たっても繰り返し見て楽しめる決定版を作れる役者を得ていながら、チャンスをものに出来なかったんだね。

ここまで書いて、ちょっとWikipediaを見てみたら、このシリーズはとても好評で、3シリーズが続けて制作されたとある。大いに意外だ。そこで知ったのは、金子成人脚本のシリーズで妻の由亀が殺されたとある。そんなストーリーの改変はひどいじゃないか。それなのに、原作を読んでない視聴者には充分楽しめたんだね。トホホ。

杉良太郎が青江又八郎を演じているテレビ版を見たけど、ミスキャストだと思った。小林稔侍に至っては、作品が可哀想(^^;)

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2009年6月19日 (金)

映画「真夏のオリオン」 - l'Orione nel colmo dell'estate

映画「真夏のオリオン」を見てきた。  (ネタバレあり)

実話ではないが、実在の潜水艦艦長のエピソードと小説のエピソードを原作として作られた映画だという。大昔に見た日本潜水艦やドイツ潜水艦が浮上できなかったという戦争映画は暗くて、見るのが辛いものだったが。この作品は乗員が生還したと知って見に行くことにした。(^^;)

戦争の悲劇映画を見たくないと言っていた母も、ハッピーエンドだと聞いて行く気になったようで、面白かったと言ってくれた。襟章で階級を知るなど、私には思いもつかないことだが、TV見ながら居眠りしちゃう母が、一度も舟を漕がずに見終わったといばっていた。(^-^)V

おおらかで食べることを楽しむ倉本艦長(玉木宏)は、生きるために最善の努力をし、無駄にしなせない為に穏やかに語り、避けられない死は厭わない。モデルになった艦長は神社の人だったということも意味があるのだろうか。

一方、アメリカ軍の駆逐艦艦長も戦う艦長心理に長けていて、日本軍潜水艦の回天の為に弟が戦死したので、日本軍潜水艦を沈めることに全力を注ぐ。

お互いの次の手を海上と海中に対峙しながら考え抜く。酸素がぎりぎりになった時、倉本艦長は奇策を思いつく。 最後の魚雷で攻撃したものの、駆逐艦の被害は部分的で、最早海上の戦闘しか残っておらず、潜水艦には勝ち目が全くないその時、まるでクリスマスプレゼントみたいなエンディングが用意されていた。

倉本艦長の親友艦長(堂珍嘉邦)の妹が、倉本艦長を慕ってお守りとして贈った楽譜とイタリア語の詩。それがアメリカ軍の艦長の手に渡るエピソードがあり、その楽譜が倉本艦長の孫娘に渡されたことで、当時少年兵だった老人が昔の様子を語る。鈴木瑞穂のあたたかい声と抑えた語り口が、この作品を格調あるものにしたと感じた。

L'Orione, guida il mio amato, per non sbagliare, la strada per il ritorno.

ちょっとてにをはを読み間違えているかもしれないけど、こんなふうな文章でした。

オリオンよ、私の愛する人を導いておくれ、帰り道を間違えないように

ってなとこかな。

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2009年6月10日 (水)

仁左衛門一世一代「女殺油地獄」@歌舞伎座

「片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候」とあっては見に行かざるをえないよね。でも手配が遅れたので、久しぶりの2階席さ。オペラグラス持参だった。

歌舞伎座のさよなら公演って、気合の入った演目が並ぶから楽しい。いいとこ取りを並べてると言えるかな。

今回のメイン以外で特に印象的だったのが「蝶の道行」かな。梅玉と福助の舞踊だったのだが、此の世では結ばれなかった相愛の男女が蝶になって華麗に舞い、弱って死んでゆく。その美しく、切ないことこの上なし。

「女殺油地獄」は仁左衛門が孝夫だった頃からのはまり役だというのだが、私はこの演目を敬遠していたこともあって、彼の舞台は見てなかったかもしれない。少なくとも文楽で印象的な舞台を見たことくらいしか記憶にない。

主人公の若者与兵衛は驚くほど現代的だ。油屋の息子だが、遊女に入れあげて借金はするは、対抗する者には狼藉を働くは。遠慮のある継父を軽視し、妹をたぶらかして店から金を引き出そうとする。継父や妹に次いで実母にまで暴力を働こうとしてついに継父に組み伏せられる。弱いくせに欲望に従ってやりたい放題で、無礼討ちになろうとすると平身低頭で謝り、強い者に叱られると、しゅんとうなだれて言葉もない。反省も口にする。ところが弱みを見つけると、すかさず何処までもつけ込んでくる。両親がこっそり用意してくれた大金も、巨額な借金には足りず、目の前の同業油屋には集金した金があることを知ると、もう自分を抑えられず、ついには意見をしてくれた女主人を殺してしまい、金を盗んで逃げてゆく。

片岡仁左衛門は、決してリアルな悪人には演じていない。あのたおやかな容姿のまま人をなぐり、悪態をつき、嘘でかき口説いても通じないと知るとついに刀に手をかける男。人を殺して足がガクガクになりながらも、悔やむ言葉もないままに金を懐に逃げていった。見終わった客が「怖かった」と言っていたが、多分与兵衛が今の我々の時代の人間に見えたのだろう。

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2009年6月 8日 (月)

NHK時代劇「陽炎の辻3」 ~居眠り磐音 江戸双紙~ 中間報告

このお気に入り時代劇「陽炎の辻~居眠り磐音江戸草子」も今回のシリーズ3で一旦終了するという。

全14回のうち、7回が終わり、感想の中間発表ってところかな。

このシリーズはとても見やすい。シリーズが始まってから佐伯泰英の原作を読んだけど、第1シリーズはとてもうまく原作を脚本に取り入れていて、切なく感動的な物語になっていた。

第2シリーズ、第3シリーズが始まる前に写真いっぱいのガイドブックが発行されたのだが、どちらもゲット。山本耕史の映像いっぱいなのがいいね。「居眠り」のイメージは第3シリーズでは少なくなったように思う。将軍家治の嫡子家基を狙う雑賀衆との戦いがあるからか、今回の磐音はいつもどこか眉が硬いんだよな。ちょいと残念。

ガイドブックによると、原作者佐伯泰英は映像化において、豊後関前での磐音が友と戦わなければならなかったエピソードを必ず入れて欲しいと言ったそうだが、磐音の人となりの基本を知る上でとても大切だというのは本当に納得できる。琴平との討ち合いは今も心に残っている。

脚本もうまいよね。尾西兼一、「おにし」と呼ぶのだというのは、初めて知った。「びさい」かと思っていたものね。ロケで青空を背景に撮ったことを重視していたけど、そうなんだね。昔NHKのドラマってスタジオが多かったけど、やはりロケは違うよね。

先日の土曜スタジオパークに山本耕史と一緒に家基役の中村隼人が出ていた。私はちょうど新橋演舞場の「鬼平」で隼人の娘役を見ていたので、びっくり喜んでしまった。素顔が可愛いね。15歳という若さには驚いた。174cmという背丈は、「男としてはもっと伸びたいけど、女形としてはそろそろ止まって欲しい」という。確かに舞台に出てくると「背が高いねー」という囁きが客席から聞こえてきたものな。TV出演は初めてだそうで、演技というか台詞がまだ固いなという印象はあるが期待株だ。

もう第3シリーズになったからか、見る方にも余裕が出てきて、ちょっと突っ込みたい場面も目に付いてきた。「持参金」じゃないだろう、「結納金」だろう、という言葉の間違いから、「おこん、柳次郎がお茶をこぼしたのを笑ってるんじゃないよ、さっさと拭いてやれよ!」みたいにね(^^;)

これから後半が始まる。雑賀衆との戦いの中、磐音とおこんの祝言へ向けて一層楽しみだ。山本耕史も中越典子も好きだから、ハッピーエンドというのがいいね。先週も野球で放送が飛んだし、これからも毎週放送というわけにいかないのが悔しいけど、最終回に向かって録画体制は万全だよ。

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2009年5月23日 (土)

国宝「阿修羅展」@東京国立博物館

前売り券を持っていたので、終盤の混雑を避けて行って来た。といっても通常2時間待ちと言われていたし、新型インフルエンザが首都圏にも侵入したので、ちょっと躊躇したけど、券を無駄にするほど外出自粛の時期じゃないよね。週末の時間延長を利用して、夕方から出掛けたので、実質30分くらいしか待たなかったし、陽射しに照らされることもなく、気楽に待つことができた。

興福寺創建1300年記念の国宝展、すごい歴史だね。TVでいろいろやっているので、実物見るまではないかなと思わせたけど、実際に見ると、黄金色がうっすら残っていて、清らかな気品があった。八部衆像とか十大弟子像は端正で可愛らしかった。

出土した鏡や大盤などの展示もあったが、中でも水晶数珠の玉がとても高貴な輝きを示していて美しかった。それらを見ると『宝物』という言葉を実感することが出来た。

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2009年5月22日 (金)

文楽「ひらかな盛衰記」@国立小劇場

文楽は初めてという友達と国立劇場小劇場へ行ってきた。義太夫の住太夫が出演する午前の部を見たかったけど、早々と全席売り切れ、仕方ないから午後の部にしたけど、少々居眠りをした。

「ひらかな盛衰記」はドラマに起伏がすくなくて、友達が退屈するのではないかと心配した。イアフォンガイドを強く勧めたので、それなりに楽しめたと言ってくれたけど、「文楽ってこんなものだと思わないでね」なんて頼んじゃった(^^;)

どうやら、あまり上演されていなかった場を今回選んで上演したらしく、今月は玄人向けだったのだろう。

この日の物語を見る限りでは、梶原源太は、恩のある人に戦の手柄を譲るほど義の人かと思うと、人を騙して兵糧を募ったり、遊女になった妻が人を誑かして金子を得ようとする話を聞いて、「がんばれよ」みたいなことを言う、『なんだいアイツ』と思わせるような男だったけど、人形は惚れ惚れするような美形で、見とれてしまった(^^;)

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2009年5月17日 (日)

五月大歌舞伎「鬼平犯科帳」&「お染の七役」@新橋演舞場

歌舞伎鬼平犯科帳はこれで2度目かな。今回は「狐火」、

長谷川平蔵を吉右衛門、おまさは芝雀。粂八が歌昇で彦十が段四郎。そして、狐火の二代目又太郎を錦之助が、その弟で畜生働きをする文吉を染五郎がやっていた。

おまさ役は女形では難しいのかな。あの梶芽衣子のようなクールで毅然とした感じよりは女らしさがなまなましかった。錦之助と染五郎の兄弟喧嘩は好ましかった。錦之助がずいぶんとしっかりしてきて、単純な歌舞伎ファンの私が言うのはおこがましいかもしれないけど、役者として大いに成長したと感じさせられた。 

原作ともTVシリーズとも異なったエンディングだった。いいエンディングだった。盗人の三か条を破って皆殺しを行った弟文吉の、おまさへの報われない恋と兄弟愛。鬼平自身を堪能というわけには行かなかったけど、鬼平というドラマは堪能できたね。

於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)は、多分初めて見たと思う。福助が、お染、久松、お光、後家、奥女中、芸者、そして土手のお六という鉄火女の七役を演じる。早替わりは感心しちゃうし、後姿だけの代役との変化の仕方も楽しかった。でも、変化を楽しんでいるとやはりストーリーに感情移入は出来なくて、鑑賞といってもやはり違ってくるね。こういうものがあっても楽しいと言えるだろう。

私の永遠のお染は歌右衛門だ。まだ学生の頃見て、老年の男性が演じる娘の初々しさに感動した。その時のお光が芝翫で、決して美人じゃないけど健気な乙女心を感じさせたっけ。

 

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2009年5月11日 (月)

「のうのう講座 - 世阿弥の作った恋慕の能」@矢来能楽堂

今月ものうのう講座に行ってみた。法政大学能楽研究所の山中教授の講義。今回もとても興味深かった。

「花筐(はながたみ)」を中心に、他の演目を数々比較しながら、解説してくれた。ずっと能を見慣れている人や、実際に自分で謡をやっている人などを対象に話しているようで、私のような全くの素人はどれもこれも耳新しくて楽しかった。

天皇役は子方が演じるとは初めて知った。「物狂い」も狂うというより舞うに近いとか。

この物語は継体天皇が都に召された時、花筐と手紙とともに大津に残された女性が、天皇を恋うて都へ追って行く話しだそうだ。能には子供でも恋人でも求め歩くというストーリーはあるよね。

もっともっと能について知りたいと思った。もっともっと世阿弥について知りたいと思った。

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