« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

2007年10月20日 (土)

「エディット・ピアフ」愛の賛歌

映画を見ました。映画館で見ました。ひさしぶりです。

「エディット・ピアフ 愛の賛歌」とあったけど、原題は「La Môme Piaf LA VIE EN ROSE」とあったように思います。

大好きなエディット・ピアフの歌声を浴びるように聴けると楽しみに出掛けたのに、期待は見事にはずれました。

あとでカタログを読んだら50歳になる前に亡くなっているのに、まるで70代のおばあちゃんみたいなメイクで表現されて、モザイクのように嵌め込まれた幼い頃や若い頃の場面も、強弱が効いてないから、うんざりするような悲惨な様子がこれでもかと続けて表わされました。で、期待の本人の歌声はもちろん聴けるんだけど、その場面になったから出てくるという感じで、ストーリーの流れの中で頂点で歌声が聞こえて来るわけじゃなかったのです。

まず最初に英語の歌から始まったのには、英語バージョンの映画だったのかしらと一瞬パニックに陥りそうになったほどです。一番ガッカリしたのは、Piafが初めて音楽ホールデビューして歌う場面でした。路上で歌う生活から抜け出た感動の場面なのに、なんと無声!口パクの彼女と感動して拍手する聴衆の姿をカメラがぐるぐる回って映しているのを見て、どっちらけでした。何なのこれは!?

クスリ中毒になっていたようなので、年齢の割には身体がボロボロだったのかもしれないけど、あの強い歌声を出せそうにない演技だから、歌声と演技がチグハグだったのでしょうね。いくらメイクの技術が進んだといっても、若い娘にメイクさせて年長者を演じさせると必要以上にヨボヨボになるんじゃないかしら。年相応の女優に必死の演技をさせた方が実感があったんじゃないかしらと思いました。テクニックに頼りすぎです。あの監督は本当にPiafの歌声を愛しているのかしら。Piafの人生のドラマティックさに惹かれただけじゃなかったのかしら。

最後に病の中から立ち上がって歌った「水に流して」は、人生を悔やまないという歌詞が、美空ひばりの最後の曲「川の流れのように」を思い出させました(^^;)

私は若い頃フランス語の音が苦手でした。あの喉を鳴らす猫のような発声をけっして美しいと思えませんでした。でも、大人になって、Piafの歌声を知ってからでしょうか、あの嗽のようなフランス語を耳楽しく聴くようになったのです。

「愛の賛歌」のイタリア語の歌詞をメモして持っています。やっぱり彼女の歌声が一番だから自分では歌いませんけどね。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2007年10月11日 (木)

「陽炎の辻」 ~居眠り磐音 江戸双紙~

NHK木曜時代劇「陽炎の辻」が本日最終回でした。

この11回を丁寧に見ました。とても素敵な好い作品でした。

原作は佐伯泰英、脚本は尾西兼一、主題歌新妻聖子です。文庫本を最新刊まで読んだという友達に聞いたところによると、原作は長崎や小倉、京都などでエピソードを積み重ねているようですが、ドラマではすっきりと国許豊後と江戸を主体に描いています。よくまとまっていると感じます。

配役もいいですね。日向のいねむり猫のようにニコニコとしている若者坂崎磐音を演じる山本耕史がぴったりです。初回で非業の死を遂げてしまう親友を演じた塩谷瞬と柏原収史もよかったです。深川娘お紺を一生懸命演じた中越典子は私のお気に入りです。もしかしたら本物の深川弁はもっと意気がよかったかもしれないですね。鰻屋の主人の台詞回しがちょっぴり深川のイメージでした。

鶴見辰吾の演技はとても重厚でした。ちょっとした仕草に人としての深みを見せる役で、彼がこんな役をやる年頃になったのかとちょっと感心しました。

初めて見た壇れいも時代劇にぴったしです。あんなにしっとりした女性を演じることが出来る女優をよく見つけたものです。

この明るい青年磐音は剣の達人なのですが、その殺陣シーンはまるでフェンシングかと思わせる軽さでした。突きがあるわけではありません。でも、剣先を合わせて舞うような、時にはカンフーを思わせるような殺陣は、竹田寿郎だそうで、現代風というところでしょうか。

坂崎磐音は国家老の策略で友を失い、もう一人の友を上意討ちしなければなりませんでした。そのあおりを受けて、元許婚は困窮から身を売って、1200両で江戸吉原の花魁となってしまいます。いくつもの悲劇にもめげず、磐音は江戸の大商人両替商今津屋の協力を得て、お家を危うくする国家老一派の追放を成し遂げます。

何事にも誠実に全力を尽くす坂崎磐音の生き方は、お紺でなくても「いいな」と思わせられます。私もあんなふうに誠実に生きていかなくちゃと思いました(^^;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 8日 (月)

「Flags of our Fathers」&「Letters of Iwojima」

レンタルDVDで「父親達の星条旗」と「硫黄島からの手紙」を見ました。クリント・イーストウッド監督作品で、以前から見たいと思いつつ、重いテーマだからなんとなく今まで見る機会を得ませんでした。

感想は、一言で表すならば「端正な作品だ」というところでしょうか。

特に、最初に見た「父親達の星条旗」は声高に非を唱えることも、無為に嘆くことも無く、淡々と政治家に翻弄される兵士達を描いていきます。戦争の仕組みを見た思いでした。Flagsと複数の意味もあります。

国を愛し、家族を愛するが故に戦場に出掛ける兵士達だが、実戦の時にはBODY(仲間)の為に戦うという言葉が印象的でした。

日本兵を描く「硫黄島からの手紙」を見たとき、ある疑問が氷解しました。米軍が硫黄島上陸する時、海戦もなければ、戦闘機会戦もなかったのは、当時もはや日本には制海権も制空権もなかったんですね。

本土への攻撃を数日遅らせるだけの為に捨石となった日本軍兵士達、一番哀しかったのは、上官を侮って平然と不服従を部下に強いる兵がいたことです。どれと言うことは出来ないけど、以前にもこういう場面のドラマは見たことがあった気がするから、クリント・イーストウッドの創作とは思いません。

東京裁判のオランダ人判事が、広田弘毅の南京事件に対する罪について、軍人の戦場での違法行為を非軍人大臣に負わせるべきではないという主張を思い出しました。軍人とはそうしたものなのですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 3日 (水)

「DEATHNOTE」 & 「DEATHNOTE - Last Name」

「デスノート」と「デスノート最終編」をDVDで見ました。

前編は以前TVで見ました。天才的な大学生夜神月(やがみらいと)が死神が落とした「デスノート」を拾います。当人を思い浮かべながらその名前を書き留めると、当人が死ぬというノートです。夜神月(藤原竜也)は死刑を免れた凶悪犯を殺してゆきます。

キラと呼ばれる姿無き処刑者は民衆の熱い歓迎を受けますが、FBIからL(松山ケンイチ)という天才が東京にいると見られるキラを見つけるために東京の警視庁に派遣されてきます。そこには夜神月の父(鹿賀丈史)が捜査の責任者でした。

しかし、夜神月は捜査の手が自らに及びそうになるとFBIの捜査員を10人以上も殺したり、ついには恋人すら利用して死なせてしまいます。ここからなんとなく作品が軽くなりました。

最終編はどんな風に決着するのかと、大いに期待をもって見ました。

残り寿命の半分を取引すると、見ただけで相手の名前と寿命が見える死神の目を持つことが出来たり、死神が二人出てきたり(いや三人かな。悲劇の女の子に恋をした死神もいたもの)、面白さの求心力が漠然としてきました。

もはや正義を口にするのも片腹痛い夜神月に対比して、何にも無関心のようでいてナィーブそうなL(エル)が魅力を増してきました。藤原竜也の演技は当然しっかりしたものでしたが、松山ケンイチの人物造詣力も素晴らしかったです。

松山ケンイチは検索してみて他の作品の姿を見ましたが、このL(エル)という人物は別格によく出来ていますね。来年このL(エル)を主人公にした映画が出るそうですが、むべなるかなって感じです。

でも、DVDを止めて読み取ったLの本名のスペル(アルファベット)は、あれでコミックのカタカナで書かれていた本名(ネット検索で見つけました)に当たるのかしらと疑問です。

「夜叉」の時にも感じたけど、日本人が書くアルファベットとネイティヴが書くアルファベットって見ただけで違いが分ります。小道具さんはその辺もちゃんとして欲しいものです(^^;)

けっこう楽しめた作品でしたが、突っ込みたくなる場面はいろいろありました。でも、これ以上ネタバレは申し訳ないから、この辺で終了です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 1日 (月)

「この胸いっぱいの愛を」@TBS

DVDを借りてきて見ました。

2005年に実際にこの映画を見ています。何故見に行ったのかしら。お気に入りの伊藤英明が出てたからか、福岡の門司が舞台だったからか、それとも好きなオカルト系の映画だったからかしら。

素敵な映画だった印象があるのに、この春にTBSテレビで流されたものを録画して見たら、カットされている場面がいろいろあって、台詞的にも辻褄が合わなくなっていたり、イメージが異なってしまっていると思える場面があって、不満でした。Tsutayaが半額だったので、思い切って借りてきました。

記憶していた以上にカットされている場面は多かったです。この作品はTBS製作の映画だったようなので、それは驚きであり、TBSに対して作品をカットして放送したことに怒りを覚えました。

東京から門司へ飛ぶ飛行機に同乗した4人が20年前の門司にタイムスリップしました。ずっと支えてくれた盲導犬と最期のお別れが出来なかったことが心残りだった老婦人(倍賞千恵子)は、まだ生きている老盲導犬に会うことが出来ます。19歳のヤクザの若者(勝地涼)は、レイプされて自分を身ごもった若き母親が、親や周囲の反対を退けて自分を生もうとしている姿を知ります。

影の薄い、しかし世界的な数学者(宮藤官九郎)は、花いっぱいの植木鉢を作っていた近所の男性(中村勘九郎)に、受験生の頃、鉢を割ってまわったことをやっと謝罪することが出来ました。

そして、会社員の鈴谷ひろし(伊藤英明)は20年前に祖母(吉行和子)に預けられていた頃の小学生の自分に出会い、音大を首席で卒業したバイオリニストで脳腫瘍で亡くなった初恋の女性(ミムラ)がまだ生きていることを発見します。

「生きる」ということを扱った重いストーリーのはずだけど、爽やかなラブストーリーになっています。ちょっと切ない場面がちりばめられているのもこの作品の印象をアップさせています。

やっぱりTV放映されたものはダメだなということを確認した、私にとっては「事件」でした。それにしてもTBSはもの創りというものをどう考えているのでしょうねぇ。

オーケストラの指揮者がとても印象に残りました。今回「金聖響」だと分りました。ミムラと結婚していたというニュースも知りました。もう古いか(^^;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »