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2008年9月

2008年9月29日 (月)

小米朝ファイナル@柳家花緑と桂小米朝二人会

池袋サンシャイン劇場へ行ってきた。開演30分前というのに仲々入場出来ないなと思っていたら、なんと昼間は「罠」という池端慎之介(ピーター)と杜けあきの舞台が寸前まで上演されていたんだって。舞台装置はそのままに、客席近くに黒幕を引き、金屏風と演台がつくられていました。二人の話(前振りやトーク)にも「罠」のことなども多く語られた。

私は小米朝も花緑も落語を聴くのは初めて。楽しかった。

言語に関心のある私としては東西の際立った喋りの違いを聴けると思っていたのだが、案外と差異が少ないと感じた。帯の結び方も似てたし・・・。(って、現代では同じなのかな)

けだし小米朝は流石だった。一語一語が鮮明に耳に入る。大阪弁としてもしつこくないので、関東のお客にも違和感がないのではないかと感じた。花緑はちょっと不鮮明な語尾があった。話が通じないほどのものではないけど、それでも美的には瑕疵と言えるかな。

東京で小米朝として語るのは最後だったそうで、来月からは米團治になる。父親の桂米朝はTVで馴染みがあるが、小米朝は上品な面立ちは似ていても、あのゆったりとした懐の深さとは味わいが異なって、もっと直線的だ。落語家としての若さなのか、それとも彼の持ち味なのか。歌舞伎の梅玉のような雰囲気で、宗右衛門町に繰り出したボンボンの勘当息子はぴったりだった。これから大きく開花するところに巡り会えたのかもしれないと幸運に感じた。

花緑には、もっと江戸の勢いを期待したいな。一々考えて頭から口へ言葉が動くのが見える感じだった。彼は小米朝よりずっと若いようだ。NHKの『知るを楽しむ』でよく見かけていたが、お芝居も随分経験があるそうで、意外だった。

歌舞伎だけでなく、芸能のいろんな部門で親と同じ道を歩く子が近年多く見られるが、ある意味当然の流れでもあるかな。

桂米朝の息子である小米朝と、柳家小さんの孫の花緑だったので、やはり世襲的なことについて言及があった。

花緑が、落語は歌舞伎と違って本人のやる気と才能次第なのだという説明をしていたが、やはり自らを振り返って、幼い頃から周りに環境が整っていたので・・・と認めていた。

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2008年9月26日 (金)

浮世絵ベルギーロイヤルコレクション@太田記念美術館

先日アメリカボストン美術館のスポールディング・コレクションをTVで見たが、研究者は美しいままに残された浮世絵に感動していた。

このベルギーコレクションも美しい。よく残ったものだ。春信の作品が多くあった。色あざやかな春信は珍しい。

歌麿の美人がも多かったが、他に例がないという妖怪の絵が珍しかった

私が好きな北斎の作品もいろいろあった。しかし前期にもっと面白い作品が展示されたようで残念だった。仲々前期後期ともに見ることは叶わないよね。

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2008年9月23日 (火)

ジローラモ・パンツェッタ「わたしが子どもだったころ」@NHK

番組表を見てチャンネルを合わせたわけじゃない。日曜日の総合深夜0時20分ごろから始まる。

さまざまな有名人の語りで子ども時代が再現される。姜尚中や志の輔、歌丸の子ども時代が興味をひいた。そして、先週はイタリア人Girolamo Panzettaだった。

彼にはそれほど関心はなかったけど、見てみたらとてもよく出来ていた。構成がよかったのかな。イタリア人というよりはナポリ人という彼、うん、よくわかるよ。

NHK講座が始まった頃、ローマ近郊出身の人が、「イタリア語というよりナポリ語講座だ」と嘯いたことがあった。そのくらいイタリアって都市の出身者の特徴が顕著らしい。イタリア人がよく、あの人の言葉はローマ弁だとか、彼の言葉を聞いてすぐヴェネトだと判ったとか喋っていた。

日本人がイタリア人としてイメージしている像は大いにナポリ人的だ。北のイタリア人には生真面目な人も多いからね。

家族主義で、近所付き合いが濃厚、食事を誘われたら一度は断ってみせて更に誘われてから受けるなんてことは、一昔前の日本みたいだよね。

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2008年9月21日 (日)

狩野芳崖「悲母観音」@東京芸大美術館

狩野芳崖の「悲母観音」は私が大好きな絵のひとつである。毎年芸大の虫干しのように年に一度展示がある。それを楽しみにして通っているのだが、今年は春に展示がなかったので寂しいなと思っていたら、なんと夏に「狩野芳崖展」が開かれた。

今年の夏は私にとって大忙しの季節で、気付いてみたらもうあと数日で終了となってしまったので、大慌てで雨の中敢えて出掛けてきた。

勿論後悔はしないさ。この「悲母観音」だけを見ても私は充分満足するだろうけど、今回は芳崖の若い頃からの作品から絶筆となった悲母観音に至るまでの作品が並んでいたので、ちょっと得した気分だった。

山口長府の狩野家に生まれて幼い頃から絵を学んでいたそうだ。13歳くらいの写し絵やら古典を模した絵の素晴らしさに感嘆した。19歳で京都の狩野派に弟子入りするが、すぐ幕末維新となって身分や職を失ってしまう。

フェノロサに出会って見出されるが、芸大教授が決まっていたのに就任前に亡くなったそうだ。運不運の激しい繰り返しの人生だったようだが、この作品「悲母観音」だけでも彼の巨大さが納得される。

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2008年9月19日 (金)

「逃亡者(のがれもの)おりん」@TV東京

「逃亡者おりん」が再放送がされていて、いろいろな反応が聞こえてくる。おりん役の青山倫子の妖艶さを喜ぶ男性がいれば、ストーリーも脇役も映像も素晴らしいのに、あの主演女優の大根ぶりは許せないという女性もいて面白い。

私はオリジナルをほとんど総て見たと思うけど、保存版にはしていない。青山倫子はほんとうに美人だよ。かっこいい。彼女は精一杯殺陣に頑張っていることがよくわかる。でも、やっぱりまだ上手いとは言えないんだよね。それからストーリーとしての流れがしっかりしていないんだよね。それぞれの画像は美しい、エピソードは理解できるけど、大きな流れとしてのドラマ性が低いのかな。

今日と来週スペシャル編が放送される。昔の作品の総集編かなと思って調べたら、『京都で再び始まった撮影・・・』という言葉があって、新しい作品だとわかった。ご本人が『パワーアップしたおりん』と言っているので、しっかり見ることにしよう。

(2012年3月5日、海外からのジャンクコメントが多いので、コメント拒否とします。)

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2008年9月13日 (土)

映画「崖の上のポニョ」

宮崎駿監督の最新アニメ「崖の上のポニョ」を見た。

見たくて見た映画ではないので、パンフレットを買わなかったので、見ただけでは分からなかった詳しい設定を公式サイトで確認した。ポニョは魚の子と歌詞にあるけど、本名や設定がワグナーの「ワルキューレ」から来ているとか、崖の上に住む宗介という5歳の少年は、漱石の「こころ」の宗助が崖の下に住んでいたことに由来するらしいという説明は面白かった。月もアバタが見えるくらい大きく描かれていたけれど、だから海に大きな作用をしていたのだとは、思いつかなかった(^^;)

元人間の父と海の精の母から生まれたポニョは宗介と会って恋してしまう。人間になりたいポニョを追う父親も結局は悪の存在ではないし、荒れ狂った海に街のほとんどが水の底になってしまっても、亡くなった人は描かれない。

宗介の父は船員で船からライトで愛情を示してくるし、デイケアセンターで働く母リサは愛情いっぱいで働き者、なんといっても勇気があり果敢な女性だ。宗介がこんなに魅力的にストレートな少年に育っているのは、このリサという女性あればこそだろうと納得してしまう。

ポニョは人間になれるけど、いつまでも5歳でとどまっていることなんて出来ない。その後どうなるかなんてことは関係ないという子供の世界を楽しめる人だけがこの作品を楽しめるのだろう。

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2008年9月10日 (水)

「陽炎の辻2」@NHK土曜時代劇はじまる

先週の土曜7時半から「陽炎の辻」が戻ってきた。話の場面上仕方ないかなと思うけど、ちょっとおこんさんがはしゃぎ過ぎだよ(^^;)

竹村ってあんな大男なの?でも、とにかく山本耕史の坂崎磐音が戻ってきて嬉しい。これから中越典子のおこんとの仲が深まっていき、白鶴太夫の存在や今津屋の後妻の話、関前藩江戸屋敷の改革などエピソード満載で楽しみだ。

キャストは地蔵の親分を除いてほとんど懐かしい顔が揃ったよ。

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2008年9月 7日 (日)

秀山祭九月大歌舞伎2008@歌舞伎座

昨日来月予約した平成中村座のチケットピックアップのために歌舞伎座窓口へ行き、気軽に「今夜の好い席は残ってますか」と訊いたのが運の尽き?なんと開演30分前なのに6列目中央が空いていた。こりゃ見るよりないね(^^;)

「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」

これまでも何回か「盛綱陣屋」は見ているけど、今日ほど子役が可愛いと思ったことは無かったような気がする。豪華キャストで、盛綱は吉右衛門、妻早瀬を玉三郎。キリリとしていいねぇ。盛綱の母微妙を芝翫、弟高綱の妻篝火を福助、他に左團次、歌昇や松緑が良いとこ取りみたいに次々に現れてきた。エキサイティング!

子役は二人。盛綱の一子に玉太郎、現松江の息子だそうだ。そして長台詞を頑張った高綱の一子に宜生。なんと橋之助の息子だという。それでは、先月見た納涼歌舞伎「三人連獅子」で扇雀と踊った橋之助親子の末っ子だ。橋之助は今月三越歌舞伎のはず。父親なしの舞台で頑張ってるね。あ、祖父と一緒かぁ。

「鳥羽絵」

えとに因みし戯れ絵の趣親子鷹とタイトルの頭にあるが、まさにその通りだった。下男役の富十郎とネズミ役の年の離れた息子鷹之資。見る方としては、ここまでそだって、父親との共演はさぞかし良い経験になるだろうなと感慨深いものがある。富十郎の踊りは滑稽ながら丁寧で流石だった。彼も元気になったね。

「河内山」

いわゆる河内山宗俊もので、吉右衛門が宗俊、敵役というか商家の娘に横恋慕して妾にしようとする大名を染五郎が演じた。染五郎の嫌味な役というので、内心興味津々だったのだが、なんと二人の掛け合いのところで居眠りしちゃった(^^;)刺激がなかったんだよね。

宗俊が帰ろうとして北村大膳に見破られるところは面白かった。大膳の由次郎の口跡は子どもの頃に映画で見た大河内伝次郎を思い出させた。あんな特殊な喋り方ってずっと不思議だったけど、あるんだね。

最後に意気揚々と引き上げる宗俊を悔しげに見送る染五郎の表情はよかった。

8月に引き続きイアフォンガイドを使ってみた。細かい説明があって、仕草や言葉のひとつひとつが理解できて楽しかったり、観劇の充実感があったりするのだが、どうも馴染めないこともあった。私の世代的なものかもしれないけど、台詞にしろ浄瑠璃にしろ、よく聴こえないところがあってのめり込めないのだ。時々イアフォンをはずして、両耳で神経を澄ませて聴いていくと、舞台の流れそのものを全身的に愉しむことが出来る。結局イアフォンガイドが必要ないくらい勉強すればいいんだね。

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2008年9月 6日 (土)

「源氏物語の1000年」@横浜美術館

今年は源氏物語が書かれておよそ1000年と言われ、あちこちで関連の催し物が開かれている。

江戸好みの私としては平安文化はどこかしどけない感じがして熱っぽくなれなかった。しかしあちこちで耳にするとその優雅さに興味をもって、見に行ってきた。

結論から言うと「よかった」(^-^)

源氏物語をすべて読んだわけじゃないけど、あちこちでつまみ食いしたため、いろんなストーリーは思い当たる。イアフォンガイドを聞きながら見ると絵巻の意味が分かって面白かった。

去年は石山寺に行って、紫式部が源氏物語の着想を得たという部屋も見てきたので、それを見立てた絵にも親しみがある。

楽しめたのは出展されている作品の質が良いということもあるかもしれない。紫式部自筆のものは存在しないらしいけど、後年の写しでしっかりしたものがあるし、江戸期には印刷も出てきて庶民化し、パロディも含めて様々な源氏物語関連ものが出現してきたのも興味がわく。

そして、閲覧後、脇のレストランで記念ランチを食べたよ。

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2008年9月 4日 (木)

八月納涼歌舞伎午前の部@歌舞伎座

先週歌舞伎座に行った。3部制のうちの第一部を見た。「女暫」「三人連獅子」「らくだ」どれも初めて見る作品だった。

「女暫」は福助演じる巴御前が天下を狙う横柄な男を諌めたあと、引き際を女だからと照れて、勘三郎演じる舞台番の男に六方を習いながら慎ましく花道を引っ込む。

こういうのって、作品というよりも、客と愉しむ演芸に近いのかしら。夏の出し物らしいということかな。

「三人連獅子」は父親獅子が橋之助、母親獅子が扇雀、子獅子がなんと橋之助の長男だった。ぷっくり丸顔の小学生らしい国生がちゃんと見得を切るし、しっかり頭(かしら)を振って獅子を演じると観客のボルテージも否が応でも上がってゆく。父親の橋之助の気持ちを思うとこれまた微笑ましく楽しい。

「らくだ」は初めて見る作品だと思っていたけど、昔々に見たことがあったかもしれない。関西の落語だったのを東京へ持ってきて、歌舞伎にしたそうだが、ハチャメチャな笑いは確かに関西風かも。嫌われ者の馬太郎が死んで、通夜をしようと悪仲間の半次(三津五郎)は長屋の家主から酒と煮しめをせしめようとするが、家主が応じないので、屑買いの久六(勘三郎)に手助けさせて、家主の目の前で馬太郎(亀蔵)の遺体にカンカンノウ踊りをさせて怖がらせる。

遺体を抱えて躍らせるヨタヨタ動きが笑わせる。右へ左へ、そのうち遺体が自分で踊りだして客の笑いも一気に盛り上がった。

「納涼歌舞伎」らしく、とても気安く楽しめた。

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