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2009年3月

2009年3月25日 (水)

「絶対彼氏 最終章スペシャル」@フジTV

このドラマは以前連続ものとして放送されていた。速水もこみちがロボットをやっているというのは番組案内で見ていたのだが、連続ドラマは見ない私だから、まったく見ないまま終了した。

今回単発スペシャルとして放送されるというので、ちょいと見てみた。

        <ネタバレです>

本編を見ていなくてもストーリーは判るように出来ていた。

パティシエの梨衣子(相武紗季)は、クロノスヘヴン社の並切(佐々木蔵之介)から恋人ロボット1号機天城(てんじょう)ナイトを入手したが、ナイトが意志と感情を持つようになり、梨衣子を愛するあまりチップが過熱してしまう。機能停止を予感したナイトは、季衣子を愛する老舗菓子店の御曹司浅元創志(水嶋ヒロ)に梨衣子を託して身を隠した。梨衣子にはチップだけが残された。

そして今回のドラマは3年後、創志と梨衣子はパリでパティシエの勉強をして帰国したところから始まった。

二人はナイトの思いでを乗り越えて婚約していた。そこへ現れたのは3年前の記憶がないナイトだった。

クロノスヘヴン社へアメリカから移ってきた天才女性神谷亜弓(国仲涼子)は、並切が出来なかった1号機の再生を行い、梨衣子の元へ届けた。目指すは梨衣子がもつチップだ。ナイトに心が残る梨衣子は創志との間がギクシャクする。

神谷は自我をもったナイトの機能を自分のロボットに移し、過去に自分の過失事故で死なせた恋人純の人生を全うさせようとしていた。しかし、タイムカプセルから出てきた亡き恋人の夢は、神谷と一緒にいることだった。自我をもった純のロボットは、自分では純の代わりはできないのだと語ると過熱したチップの為に機能を停止した。

それを見ていた梨衣子とナイト。梨衣子はナイトを愛しているけど一緒に暮らしてはいけないと結論付け、ナイトは並切に、ロボットの自分は梨衣子を幸せには出来ないと自分の昨日を停止してくれと頼む。

とても面白いドラマだった。速水もこみちのロボットぶりは、聞いていた通り、仲々印象的だった。CMでしか知らないタレントだけど、大きくて美形なんだね。

水嶋ヒロ演じる創志だって、物分りの好い優しいハンサムだ。

新製品の菓子発表の日に、注文の原材料が届かず、急遽伝統のシュークリームを作るエピソードは納得いかない。ドラマティックかもしれないけど、原料を集められないメーカーなんて存続出来ねぇよ。

あと、エンディングは私としては納得いかなかったな。創志は素敵な男だし、3年間で愛を確認した相手だろうけど、ナイトを愛していると言い切れる梨衣子なら、自我と意志と感情をもったナイトと一緒に暮らしていけるじゃないか。それはもうロボットじゃない。人間だよ。子供は出来ないかもしれないけど、子供のいない夫婦なんているじゃん。ナイトと一緒になって欲しかったなぁ。

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2009年3月23日 (月)

「江戸里神楽」を観る

品川区の案内に「六行会ホール」で無料で江戸里神楽を見られるとあったので、九州から戻った翌日だったけど出掛けてきた。

神楽というと、私のイメージとしては、普通は一般人が祭りの時などに行うものなので、素人芝居くらいのレベルだろうということだった。

ところが、舞台が始まってすぐに驚かされた。動きの完成度が高いのだ。面をつけて鏡獅子のような衣装で、足の運びは能みたい、侍者は狂言のような軽さだ。実際それらの影響を受けて続いてきたものらしい。

パントマイムみたいな動きで台詞のない芝居だが、開幕前にほんの2-3の仕草の意味を教えてもらっただけで、ストーリーの流れにちゃんとついていける。

日本武尊命の面がキリリとした白い面で胸をときめかせるほどだ。通し狂言ではないが、焼津の野火やら伊吹山など、総てに日本武尊命が出てくるストーリーだった。

この六行会というのも、地元の6つの町が江戸時代に不作の時でも納税をこなせるように、一緒になって積み立て金をなしていた名残だという。品川の宿の古さをあらためて感じた。

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2009年3月19日 (木)

「相棒」Season7最終回SP

薫ちゃんがいなくなって、どうなるのかと思っていた「相棒」だけど、結構善戦しているというべきかな。でも、薫ちゃんがいた頃のような、スカッとしたカッコいい娯楽性はなくなった。それなりにしっかりした脚本に支えられているかな。

今日は2時間もの。一応悪人はいなくて、善意の人々のちょっとした苦し紛れの行動が事件へと拡大していく物語だった。

一生懸命やっても起業に失敗する若者と、彼を愛して尻拭いをしてきた両親は、もはや売り払って借金返済にあてる資産もなく、母親の思い詰めた気持ちに押し切られて保険金目当ての無理心中を演じる。

その場面を見た神経に障碍をもつ青年は、微細な現場写真のような絵を描いてみせる。その絵を見て、病死とされた女性は殺されたのではないかと思った右京は、単身現地に乗り込むが、警察庁から特命係りの杉下警部を見張って報告する任務をいいつかった神戸尊(及川光博)は杉下を追ってやってくる。

次のシリーズではこの二人が『相棒』となるのだろうか。

今日のストーリーは、結局心中しようとして失敗した殺人罪があばかれ、障碍をもってしばしばパニックに陥る弟を迷った山中に放置して死なせた姉も真実をつきつけられる。シニカルな神戸は杉下に無用な捜査ではないかと問いかけるが、杉下は真実こそが力強く生きる糧となると信じている。

よく出来てたよ。弱者も加害者になることがある。加害者でも酌量すべき情状があることがわかるドラマだったけど、やっぱり娯楽性がちょいと不足かなぁ。

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2009年3月14日 (土)

「ドライビング・ミス・デイジー」@民芸

池袋の芸術劇場で民芸の舞台を見てきた。

昔、アメリカ映画を観たと思う。思うというのは、内容を具体的に覚えていないからだ。いい映画だったという印象しか残っていない。今回前もってレンタルDVDで復習しておこうと思ったが、在庫がなかった。

とてもすっきりした舞台。左にユダヤ人老婦人の家の居間、右に単純化された車、中央にはライトが当たった時だけ老婦人の中年の息子のオフィスや自宅になる。

未亡人のミス・デイジーが70代になって車の運転に危険があるということで、息子が初老の黒人運転手を雇ってくれる。自立して暮らしたい老婦人と運転手の反発し合いながらも馴染んで友となってゆく20年間を時代拝見の人種差別などを背景にして描いてある。

老婦人デイジーに奈良岡朋子、運転手ホークに仲代達也、息子ブーリーに千葉茂則(好い声!)の3人だけ。とてもすっきりしている。

気になったのは、ユダヤ人のはずなのに教会では「アーメン」という声がする(アーメンってキリスト教の言葉と思っていた)とかクリスマスの集まりに出掛けたりすること。デイジーはさすがに文字が読めないホークへ読み書きの本をプレゼントするのに、「私はユダヤ教だからクリスマスプレゼントじゃない」とは言っていた。あと、ホークのおどけた態度に馴染めなかったな。もっと真面目で表面的に従順だから、時に発する言葉が真を得て強いんだと思っていたから。でも、奈良岡朋子も仲代達也も素晴らしい演技でトータル納得だったね。

特に奈良岡朋子が徐々に衰えてゆく老婦人の姿を鏡のように写していたのに驚いた。すごい女優だね。

端正な舞台を見たという印象だ。

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2009年3月12日 (木)

「陽炎の辻3」 - NHK土曜時代劇

来月(4月)18日からついに「陽炎の辻」の第3弾が始まる。楽しみだな。

そしてその前4月6日から、これまでの「陽炎の辻」1と2およびSP版が連日放送される。しっかり見なくちゃ。

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2009年3月 9日 (月)

「しゃばけ第一弾」@DVD

以前TVで「しゃばけ第二弾うそうそ」を見て大いに気に入ったので、この見逃した第一弾を見たいとずっと思っていた。先月DVDが発売になったのを知ってからは、旧作になって半額で借りられるようになったら借りようと思っていたのに、やっぱり待ちきれなくて新作のうちから借りてしまった。新作って一週間は借りられないんだね。一泊二日、2度見た。

見た人は楽しい作品だったと言ったが、第一弾の方が第二弾よりずっと面白かったと強調されていたので、すごく期待していたが、まぁぼちぼち楽しい作品だったというところかな。多分初めて見たらその分印象が強いんだろうね。

<ネタバレ>

江戸は文政の頃、廻船問屋長崎屋は病弱な息子一太郎(手越祐也)の為にクスリを求めて、ついには隣に薬種問屋を開いてしまったほどの大店。両親(岸部一徳と真矢みさ)に愛され、まわりの人々、それからなんと妖し(あやかし)からも支えられている一太郎は、心やさしい若者に育った。親戚の陰口で手代あがりの父親が外につくった兄がいることを知って、呼び戻そうとこっそり夜中に出掛けて、大工の棟梁が殺される場面に遭遇してしまい、鈴の付喪神鈴彦姫(早乙女太一)に救われた

その日から一太郎自身や彼の持ちものを携えた者が襲われて、殺されたり傷を負ったりするようになる。「クスリを・・・」と憑かれたように襲った者は、捕縛されるとまったく記憶がなかった。

一太郎は普通の人には見えないものが見える。鳴家(やなり)という小さな妖しや、屏風の付喪神、屏風もどき(宮迫博之)。さらに一太郎の面倒を見ている手代仁吉(白沢・はくだく)や佐助(犬神)も妖しである。

唯一の親友である近所の団子屋のダメ息子栄吉(高木雄也)から異母兄松之助(岡田義徳)が一人ぼっちになって丁稚奉公をしている様子を聞かされ、兄を救い出して先がないと思っている自分の代わりに長崎屋の跡取りにしようと奔走する一太郎だが、母親おたえは、一太郎が継がないなら長崎屋を閉じるとまで言い切った。

いよいよこのままでは一太郎の命が危ないとなった時、須弥山から一太郎を迎えに使いがやってきた。そこで母親おたえがやっと語り始める。

一太郎の祖母にあたるおぎん(十朱幸代)は妖し(あやかし)でありながら人間と恋をして、おたえが生まれた。おたえが手代あがりの藤兵衛を婿にしてやっとできた息子を亡くして泣き暮らしている時、親戚に唆された藤兵衛は外に息子を作ってしまう。それが松之助である。

藤兵衛の裏切りを許せず、松之助を受容れられないおたえは、自分の命を賭けて自分に子供をと祈る。それを知ったおぎんは、無限の命のある妖しの身を須弥山に戻すことと引き換えに、亡くなった子供の魂を生き返らせる「反魂香」を入手した。そうやって生まれたのが一太郎だったのだ。一太郎が生まれた時、松之助は母親のもとへ戻された。

身の安全のために須弥山へと言われて一太郎は、決心する。松之助を救い出すのだ。火事になった松之助が働いているお店へ向かった一太郎は、付喪神になれる100年を目の前にして壊された大工の棟梁の墨壷が迷って松之助に憑いているのを見た。

墨壷は生き返りたい一心で「反魂香」の残り香のある一太郎を追っていたのだった。松之助にとり憑いて一太郎を襲おうとする墨壷に一太郎は語りかける。付喪神になれなくても、墨壷の100年がなかったものになるわけじゃないよ。

納得した墨壷は焼けて消えた。救い出した松之助とともに戻ってきた一太郎を出迎えたおたえは、松之助も受容れる。

エンディングはメーキングフィルムが流れるところにタイトルスーパーが流れた。

第二弾を初めて見た時は一太郎は女性が演じているのだろうかと思うほど印象的で、食い入るように眺めたものだった。第一弾ではもう一太郎がジャニーズの男の子だと判っていたから、むしろ早乙女太一の鈴彦姫の妖しい美しさとその動きに魅せられた。へぇ~こんな声なんだぁ。悪くないね。

爽やかなファンタジーもの。第一弾の方が断然いいとは思わない。どちらにしろ、最初に見たものが強烈な印象を与えると言えるのかな。

このついでに第二弾も見直した。なんど見ても飽きないよね。

なにがいいか。鳴家が可愛い!CGで表現される妖しを素直に納得できる。リアリティがないくらいに心優しい一太郎だが、まったく違和感のない演技が素晴らしい。あそこがポイントだろうね。一太郎に無理があると感じたらこのドラマは成り立たない。

毛越祐也ってこの作品以外では見たことがないけれど、人によると普段の彼はとくに強い個性の持ち主ではないとか。でも、この優しいキャラクターは際立っているよね。

類は友を呼ぶか、団子屋の息子もなかなか好感度が高い。

愛情を求めて、あふれる愛情を得られるストーリーがいいんだろうね。

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2009年3月 7日 (土)

「チームバチスタの栄光」@TBS

               <ネタバレです>

これは同じ作家海堂尊の新作映画化(ジェネラル・ルージュの凱旋)の宣伝のためにTVに流されたものなんだね。TVドラマでもシリーズものでやっていたような気がして調べてみたら、フジテレビが『原作とも映画とも異なる結末』で放映していた。私は結局今までどれも見たことがなかった。

この題名を知ったあとに見た旧いTVドラマの再放送で、随分昔の作品にも主人公の医師がバチスタ手術に秀でていたみたいな表現があって、医療界では知られた難手術なんだということはわかってきていた。

6割の高成功率(たった?!)を誇り、患者が押し寄せる病院が立て続けに3回失敗して、執刀医師(吉川晃司)が内部調査を申し出る。調査担当になったのは外科手術の経験がない診療内科医田口(竹内結子)。事件ではないという結論に至ろうとした時、厚生労働省の調査官白鳥(安部寛)がやってきて、一見調査を攪乱しているように見えながら、真相に近づいていく。

どういう内容と想像していたわけではないけど、バチスタ手術チームの活躍が描かれる映画だろうと思っていたので、最初にその違いに驚かされる。

最初の部分は田口と白鳥の軽妙なやりとりで調査が進むんで楽しく見ることができるのだが、病院って経営側からの口出しが大きいだろうと素人は想像するので、厚生労働省も入っての調査に経営側からの抵抗が皆無なのが真実味がないように感じた。

そのうち視野欠損でも手術を続けていたことが判って、そういえば他の(多分アメリカの)映画でも、有能な医師が自分にしか救えない患者がいる限り、失敗で死者が出ようとも続けようとする話があったなと思い出した。素人は呆れるよね。

そこで終わりかと思ったら、過労で判断力をなくした麻酔医の殺人だったことが証明される。えー?殺人かよって感じだ。

子供の手術では単に大人と同じクスリを遣わないから殺さなかったというエピソードが一番ショッキングで印象的だった。

執刀医役の吉川晃司は名前は知っていたけど、顔を覚えることが出来ないタレントだった。ところが、「天地人」に信長で出ている彼を、昭和一桁生まれの母が「好きだ」と言ったものだから、びっくりして、しっかり記憶できることとなった(^^;)

なんだか予想していたドラマとは違っていたけど、ミステリーとしてとてもよく出来ていたよね。

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2009年3月 2日 (月)

「わたしが子どもだったころ - 上条さなえ」@NHK

日曜日の深夜のTV番組を漠然と録画していたら偶々録れていた番組「わたしが子供だったころ」、有名人の幼い頃の話が、本人の語りだったり再現映像だったりで案内されるんだけど、時々驚く内容がある。

昔の赤線と呼ばれた地域の置屋のボンボンだった落語家とか、極貧だった人とかいてびっくりするのだが、今回も10歳くらいで半年ちょっとホームレス的生活をした女性の話だった。

児童文学作家ということだが、私はこの上条さなえという女性作家を知らない。しかしこの再現ドラマには泣いたよ。

借金取りに追われて親子4人が池袋の木賃宿に逃げていた時、父親のDVを嫌って母親は姉を連れて姿を消した。学校にも行けず、日雇いで酒びたりの父親と共に残された彼女は、仕事にあぶれた父親を助けようと、拾った玉でパチンコをしてお弁当を手に入れたりする。

換金してくれるヤクザは彼女に優しくしてくれて、自分達のようになるなと諭し、父親に教育委員会と連絡をとるように勧めてくれる。彼女はそのお蔭で養護施設に移って勉学を再開することが出来るようになった。

その養護施設で出会った教師の優しさのお蔭で頑張った彼女は、病気で倒れた後母親に引き取られて、自力で大学を卒業後小学校の教師となった。

毎週感動してもすぐ削除してしまうのに、今回は何度も繰り返し見てしまう。再現ドラマの少女がとても良かったこともある。はにわのような眼をした素朴な女の子。媚がないから、その思いがストレートに伝わってくる。

とにかく間違った道に陥らなかったのだから、この女性の半生は素晴らしかったと言えるけど、小説みたいなエピソードに何度見ても涙が出ちゃうよ。

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