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2009年4月20日 (月)

「IO NON HO PAURA (ぼくは怖くない)」@DVD

イタリア語の映画というだけでTsutayaから借りてきた。内容を全然知らなかったので、見ている時ドキドキした。どうなるのこの話ってものだったね。

  <ネタバレです>

イタリア南部の小さな小さな村の少年ミケーレは、遊んでいた廃屋の近くに隠された穴を発見した。覗いて見たら、そこには弱った少年が横たわっていた。

数軒しかない小さな村で妹と両親と暮らすミケーレは、母親にも不在がちな父親にもその少年のことを話さない。何故だろう。

好奇心から穴に通い、水や食べ物を与えながら交流してゆくと、その少年フィリッポもミケーレと同じ10歳だとわかる。

父親の友人というブラジル帰りの男セルジョがやってきて、夜ミケーレの家で大人達が言い争っている。TVニュースはミラノの富豪の息子が誘拐されて身代金が要求されていると伝えていた。

もうこの辺から見ている私はハラハラ、どういう結末になるのだろうかと不安になった。

ミケーレはフィリッポを穴から連れ出して、一緒に麦畑で遊んだりするけれど、夕方にはちゃんと穴へ戻す。10歳で何を考えているのだろうか。10歳ってもうちょっと大人なんじゃないかと思うが、その辺はとても素朴だ。1978年という設定になっている。事実を下敷きにしているのだろうか、こんなドラマを聞いたことがあったような気がしたけれど、HPなどにも事実とは書いてなかった。

友達のミニカー欲しさに、秘密の子供のことを喋ったら、その友達は車の運転をさせて貰えると釣られて、大人に彼のことを喋ってしまう。ミケーレは殴られてしまうが、村人総てが共犯なので殺されはしなかった。大人の中でも犯罪に対する熱意の温度差はある。引っ張っているのはセルジョだ。

捜査の手が伸びてきたと感じたセルジョ達はフィリッポを殺そうとする。嫌がる人間も含めてくじ引きをしているのを見たミケーレは、夜の道を走る。

必死でフィリッポを逃がしたミケーレだが、自分が逃げ出す前に人がやってくる。見ると父親だった。「パパ」と駆け寄るミケーレに向かって銃弾が。

太腿を撃たれたミケーレを抱きしめる父親。セルジョは怒り狂って、ミケーレを案じて戻ってきたフィリッポに手をかけようとした時、捜査のヘリが上空に飛んできた。

最後、必死でフィリッポの方へ手を伸ばすミケーレの場面で終わっている。「ぼくは怖くない」はフィリッポが閉じ込められた穴の壁に彫った文字らしい。

そうだね、昔イタリアでは誘拐事件が頻発してたっけ。その当時にこんなことがあったという設定なんだね。怖くないと頑張ったミケーレ。感動的だけど、とても大きな戸惑いがある。閉じ込められている子供を発見した時のミケーレの対応がどうしても納得いかない。10歳、最初自分の親の関与を想像だにしていないみたいだけど、それでも親に言わないのは何故?大きな犯罪を感じて、親が巻き込まれるのを避けた?親に対する信頼感がないの?犯罪が日常的な都会ではないのに?

ま、そういう映画でした。

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