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2009年9月

2009年9月28日 (月)

映画「おくりびと」ノーカット版

アカデミー賞の外国映画賞を日本映画で初めて受賞した作品と聞いて、見てみたいと思っていたが、映画館に足を運ぶには至らなかった。

今回のTV放映がノーカット版というのでとても喜んで録画して見た。

見終わっての感想は、勝手に想像していたものとは少し異なるけど、よく出来ているストーリーだった。

子供の頃からチェロを弾く新婚の青年は、やっと入れたオーケストラが解散になり、音楽の道を諦めて山形の実家へ戻る。幼い頃に女と家を出た父親の顔はもう覚えていなくて、母親も自分が海外へ行っている間に亡くなっていた。その彼が、やっと見つけた職が納棺師だった。

事件や事故の遺体も納棺しなければならず、本人の苦悩に加えて、妻や友人の無理解の言葉に迷いながらも、社長の亡き妻への思いや遺族の思いを経験するうち、彼はその仕事を捨てることが出来なくなる。友人の母親で風呂屋の女将さんという近しい人を見送ることで妻や周囲の人々の理解を得て、ついには失踪していた父親の死の知らせで赴いた場所で、妻は「夫は納棺師です」とはっきり認めることが出来るようになったことが示された。女に走った父も子供を忘れてはいなかったことが納棺の過程で見つかる。幸せなドラマだよね。納棺師でありながら、チェロという趣味が心を穏やかに色づける。

よく出来たドラマだった。で、録画は削除した。

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2009年9月27日 (日)

ドラマスペシャル「白洲次郎」@NHK

春に三部作のうち1と2だけが放映された理由は、吉田茂を演じている原田芳雄の体調が悪かったので収録が遅れたことらしい。夏の一挙放映を信じて春の録画は見ないまま削除した。

今回一挙に見た。白洲次郎、正子、青山二郎の名前だけは知っていたけれど、詳しくは知らなくて、何かカリスマ的な天才かと想像していた。描かれた白洲次郎は等身大の人として表現されていたと感じた。

NHKがこの番組のCMで「日本は戦争に負けても奴隷になったわけではない」と白洲次郎がマッカーサーに対して叫ぶ場面を繰り返し流していたのには、少々うんざりしていたので、ちょっと引いた感じで見始めたのだが、若い頃は有り余るエネルギーと鬱屈を率直に発散させて成長してゆく姿には好感を覚えた。

父親は事業の成功で桁違いの大金持ちだけれど、当時大学出というのにドラマではがさつで、外で手をつけた女が赤ん坊を抱えて金の無心に来る始末。しかし、次郎にはネイティヴの英語教師をつけるし、道楽の家普請は専用の宮大工が建てる本格日本家屋の巨大な家並みだ。規模がデカい。

次郎は、日本の学校生活に問題があるからと留学したケンブリッジ大学で、父親の事業失敗で送金が続かなくなって帰国するまでの6年間の英国生活を送り、多くのことを身に着けたと思われる。この期間が充分だったのだろう。帰国するとすぐ英字新聞に職を得て、知り合った樺山伯爵の娘正子と結婚したことで日本の貴族達に近づきを得た。

そこからは実業界や政界と係わりを深めて行った。三国同盟に反対し、戦争突入を防ごうとする人々とも交わるが、ドラマでは個人的にも戦争回避のための行動もしている。戦争が拡大してからは、早々と空襲を避けるべく多摩郡の武相荘に引き篭もって百姓仕事を始めた。この行動力と決断力は当時としては素晴らしい。

戦後を考えて、戦争中に次郎を武相荘から引き出そうとしなかった近衛文麿もいたし、自分自身も「この無謀な戦争に兵隊として係わることは僕に与えられた役割ではない」と徴兵を忌避した。彼は戦争をすべきではないと主張し、行動していたし、それでも始まった戦争だから協力すべきだという考え方はあるだろうが、私は考えあっての徴兵忌避は、出来る者はやればよいと思う。他の人に出来ないからと自分も犠牲になる必要はない。しかし、戦争に賛成しておいて、自分や子供は戦争に行かないという奴らは許せないよね。

このドラマで見る限り、白洲次郎は、戦後、自らが必要とされていることには最大限努力したと感じた。言葉は重要だ。通じるだけでは充分じゃない。品格があり、論理だって議論が出来て、且つ余裕を忘れないことが必須だ。彼のような人材はさぞかし貴重だったことだろうと思う。さらに彼にはプリンシプルがあった。

よく耳にする「従順ならざる唯一の日本人」とは英語でどういったのだろうと考える。まさかdifficult personではないよね。それを訳したものだとしたら、日本語が意味深過ぎるだろう。

白洲次郎が広畑製鉄所を英国に売却して資金を得ようと主張したことは、永野重雄に阻止されたけれど、本人は貿易立国だけで日本はやっていけると信じていたのだろうね。戦後、日本文字を廃止してすべてアルファベットにしようと考えた人もいたとか聞いたけど、大きな変動の時期だったんだな。

白洲次郎は、我々大衆とは生活レベルの異なる階層の人だったけれど、ドラマを見ていて、その生き方の率直さは素直に感動することが出来た。

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2009年9月21日 (月)

「官僚たちの夏」@TBS

昨日終わったTBSのテレビドラマ「官僚たちの夏」は城山三郎の原作を基にしている。長年の自民党政権が倒れ、官僚批判を声高にしてきた民主党へと政権が移動するこの時のドラマ化は、それなりに意味があると思われる。

珍しくこの「日曜劇場」をずっと欠かさず見た。私はこのドラマの時代の通産省は知らない。でも、勤めていた仕事の関連で、後の世代の通産官僚をすこし見ていたから、ちょっと興味があったと言える。

勉強不足の大臣を手玉にとる官僚という悪いイメージのある人々だが、このドラマの時代は敗戦後必死に弱小企業を手助けし、鼓舞し、日本のため、日本人のためと働いてきた通産省の役人達の、ある意味命をかけた戦いと政治家に振り回される様を描いたものだ。功罪いろいろあるだろうが、私腹を肥やす為でなく、国家のため、国民のため、日本企業のために働いた、戦った人々がいたということだね。

正義一色ではないよ。次官を巡って派閥はあるし、今だから言える、貿易自由化推進論と国内産業保護主義との対立、石炭産業や繊維産業は随分と政治に利用されたのだなと感慨深いものがある。

最後のエンディングに現れる東京という街の様変わりのフィルムがとても興味をひいた。戦後の焼け跡から復興してビルが建ち、日本橋の上に高速道路が架けられ、新宿副都心が林立していく様子が映った。これって保存版だね。

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2009年9月11日 (金)

文楽「伊賀越道中双六」@国立劇場

住太夫が聴きたくて行った今月の文楽は「伊賀越道中双六」、歌舞伎でも上演される演目だ。実は息子という十兵衛の人形は蓑助、実は父親という平作の人形は勘十郎、それに住太夫の義太夫だから、今現在望める最高の配役と言えるかも知れない。

幼い頃に手放した息子と老いた父親は、お互いが仕えている主が敵対関係にあり、父親は自らの命と引き換えに、敵の在処を聞き出そうとする。最初の重い荷を担がせてくれと頼んで、フラフラとした足取りで笑わせる平作。息子と判って、その立場を考え、腹を切って虫の息の中で敵将の在処を尋ねる。泣かせるねぇ。

昔は、特に住太夫だけが抜きん出ていたとは思えなかった。どの太夫でも感情移入して舞台を楽しめたのに、最近は他の太夫ではちょっと違うように思う。住太夫は人間国宝だそうだ。彼が芸の高みに達したとも言えるかもしれないけど、やっぱり他の太夫は差をつけられ過ぎだと感じる。

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2009年9月 7日 (月)

建築家 坂倉準三展@パナソニック電工汐留ミュージアム

友達の親戚の建築家だからとお招きを受けて出掛けてきた。

昭和の初めにフランス留学ってすごいな、なんて考えていたら、ル・コルビュジェというモダニズムの建築家に学んで、パリ万博の日本館で賞をとったという。

「モダニズムを住む」というサブタイトルだったが、戦前戦後のあたりというのに、本当に今に通じる近代性がある住空間が展示されていた。素敵だと思ったのは、鉄筋の建物なのに、日本の里山や庭木との調和が図られていることだ。モダニズムの中に日本らしさが息づいているのが爽やかだった。

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2009年9月 6日 (日)

映画「BALLAD」バラッド名もなき恋の歌

TVで宣伝が喧しい。女性アナウンサーが「バラッド」と叫ぶ度に胃がむか~っとする。眼に映るのが「BALLAD」という綴りで、どうしても「バッラド」と脳が叫ぶからだ。辞書をひいてみると、発音記号は私の脳の言う通り、しかし意味はアナウンサーが叫ぶ通りらしい。

私の気をひいたのは、この作品がクレヨンしんちゃんの「戦国大合戦」の実写版だと聞いたことだ。以前、時代劇ファンの話で、クレヨンしんちゃんの「戦国大合戦」は仲々良い作品だと聞いて以来、なんとか観たいと思っていながら実現しなかった。

この映画を見たいかというと、ちょっと迷う。実写だとやはり役者に興味がないと足は動かないよな。待っていれば1-2年するとTVに流れるだろう。

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2009年9月 1日 (火)

「NINAGATA十二夜」ロンドン公演@NHK

NINAGAWA舞台には何となく抵抗感があって、今まで見に行くことがなかった。以前、野村萬斎のオディプス王の舞台を録画して見たことがあったが、最初に萬斎が出てきて台詞を言い出した直後に、これはダメだと思って、それ以後を見ないまま削除してしまった。これはわたしとしては珍しいことだ。陰陽師でお気に入りの野村萬斎だったけど、それ以上にギリシャ悲劇のオディプス王に対する思い入れが強かったのだろう。

だから期待していなかったというか、むしろ『一応目を通してから録画を削除しよう』と思って見始めたNHK放送の「NINAGAWA十二夜ロンドン公演」だった。最初のうちは、お笑いが苦手な私はダジャレやひょうきんなおどけに肌寒い思いをしながら見続けていたが、そのうち舞台に引き込まれてしまった。

まず、舞台装置が美しい。大きな鏡と光を効果的に用いた漆のような背景に眼を見張った。そして歌舞伎役者がどの人も真剣で活き活きと演じている。こんな活気のある役者達の舞台なんて見たことないって感じがするほどだ。

扇雀がいい。菊之助が立ち役、女形に加えて、男装の麗人を早変わりしている。菊五郎も二役でストーリーを進めてゆく。中村錦之助が恋する男を演じていた。

もうひとつ、やっぱりシェークスピアという原作がいいのかもしれない。他愛ないドタバタ喜劇だけれど、台詞が濃いから、うまい翻案で歌舞伎の台詞として遜色ない。

まだビデオを削除出来ないでいる。

そうそう、8月初めにトークを聞きに行った亀三郎の役人を確認した。

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