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2009年9月27日 (日)

ドラマスペシャル「白洲次郎」@NHK

春に三部作のうち1と2だけが放映された理由は、吉田茂を演じている原田芳雄の体調が悪かったので収録が遅れたことらしい。夏の一挙放映を信じて春の録画は見ないまま削除した。

今回一挙に見た。白洲次郎、正子、青山二郎の名前だけは知っていたけれど、詳しくは知らなくて、何かカリスマ的な天才かと想像していた。描かれた白洲次郎は等身大の人として表現されていたと感じた。

NHKがこの番組のCMで「日本は戦争に負けても奴隷になったわけではない」と白洲次郎がマッカーサーに対して叫ぶ場面を繰り返し流していたのには、少々うんざりしていたので、ちょっと引いた感じで見始めたのだが、若い頃は有り余るエネルギーと鬱屈を率直に発散させて成長してゆく姿には好感を覚えた。

父親は事業の成功で桁違いの大金持ちだけれど、当時大学出というのにドラマではがさつで、外で手をつけた女が赤ん坊を抱えて金の無心に来る始末。しかし、次郎にはネイティヴの英語教師をつけるし、道楽の家普請は専用の宮大工が建てる本格日本家屋の巨大な家並みだ。規模がデカい。

次郎は、日本の学校生活に問題があるからと留学したケンブリッジ大学で、父親の事業失敗で送金が続かなくなって帰国するまでの6年間の英国生活を送り、多くのことを身に着けたと思われる。この期間が充分だったのだろう。帰国するとすぐ英字新聞に職を得て、知り合った樺山伯爵の娘正子と結婚したことで日本の貴族達に近づきを得た。

そこからは実業界や政界と係わりを深めて行った。三国同盟に反対し、戦争突入を防ごうとする人々とも交わるが、ドラマでは個人的にも戦争回避のための行動もしている。戦争が拡大してからは、早々と空襲を避けるべく多摩郡の武相荘に引き篭もって百姓仕事を始めた。この行動力と決断力は当時としては素晴らしい。

戦後を考えて、戦争中に次郎を武相荘から引き出そうとしなかった近衛文麿もいたし、自分自身も「この無謀な戦争に兵隊として係わることは僕に与えられた役割ではない」と徴兵を忌避した。彼は戦争をすべきではないと主張し、行動していたし、それでも始まった戦争だから協力すべきだという考え方はあるだろうが、私は考えあっての徴兵忌避は、出来る者はやればよいと思う。他の人に出来ないからと自分も犠牲になる必要はない。しかし、戦争に賛成しておいて、自分や子供は戦争に行かないという奴らは許せないよね。

このドラマで見る限り、白洲次郎は、戦後、自らが必要とされていることには最大限努力したと感じた。言葉は重要だ。通じるだけでは充分じゃない。品格があり、論理だって議論が出来て、且つ余裕を忘れないことが必須だ。彼のような人材はさぞかし貴重だったことだろうと思う。さらに彼にはプリンシプルがあった。

よく耳にする「従順ならざる唯一の日本人」とは英語でどういったのだろうと考える。まさかdifficult personではないよね。それを訳したものだとしたら、日本語が意味深過ぎるだろう。

白洲次郎が広畑製鉄所を英国に売却して資金を得ようと主張したことは、永野重雄に阻止されたけれど、本人は貿易立国だけで日本はやっていけると信じていたのだろうね。戦後、日本文字を廃止してすべてアルファベットにしようと考えた人もいたとか聞いたけど、大きな変動の時期だったんだな。

白洲次郎は、我々大衆とは生活レベルの異なる階層の人だったけれど、ドラマを見ていて、その生き方の率直さは素直に感動することが出来た。

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