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2010年11月

2010年11月15日 (月)

「俺の屍を越えていけ」@テアトルエコー

先週、恵比寿のテアトルエコーに出掛けた。研修生の発表会なのかな、稽古場を舞台にした少人数のお芝居。リストラ中の企業で、内部で次にリストラすべき管理職を選ぶプロジェクトに配置されたわかもの6人の会議とその結論。

このリストラ流行りの時勢だから、身につまされる人は多いかも。ドラマとしてはよく分かるのだけれど、いくつも転職したけれど、組合のある職場経験のない私には、ちょっと違って見えてくる。自分がリストラされる立場じゃないからだろうと最初は思ったんだけど、自分の昔を思い出すと、私も結構リストラされてたんだよね。あの頃はリストラされたとすら認識なかったけど・・・(^^;)

属していた部署がなくなって、別の部署への配置転換を言われた時、迷ったけど好きでもない仕事をする気になれなくて、退職を選んだ。社長と握手して、エレベーターまで見送ってもらって即日退社だった。

その後に事務所自体が閉鎖になったことがあった。閉鎖が決まった後の一年間は閉鎖に係わる事務整理。勤しむ私に「楽天的」と評した人がいたっけ。しょうがないじゃんと思った。

今ほどに景気が悪くなかったから、別の仕事を見つけることは難しいとは言われてたけど、不可能ではなかった。時代が違うと言われればそうかもね。

それでも、外資や外国企業でやってきた身には、退社覚悟で社長を辞めさせようと提案する者がいなかったのは寂しい。会社を辞めることが絶対的敗北みたいに考えられているのかな。

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2010年11月12日 (金)

「隅田川~江戸が愛した風景~展」@江戸東京博物館&「徳川御三卿展」

14日までだと気付いたので、昨日急いで両国へ出掛けた。私はあまりボランティアガイドに積極的ではないが、隅田川だけでなく、両岸の浅草や三囲り神社、吾妻橋や永代橋などのいろいろな橋、そして一帯からの富士の眺めと、江戸の色合いたっぷりだった。

浮世絵鑑賞も私の趣味だが、仲々保存状態の良い鳥文斎栄之を初め、鍬形蕙斎(北尾政美)や鈴木春信、広重や国貞など舟遊びの美人図や花火を見る人々など多くの絵があった。酒井抱一の絵ではなくて賛があるのは珍しい。

ふと見て、これはと思ったら、やはり北斎の絵本だった。知らなかった絵を見て北斎の作品だと気付けたのは嬉しかった。

角田川とも墨田川とも呼ばれたという隅田川だが、『大川』と呼ぶと一番江戸時代を思わせる。江戸の人々の暮らしの中心を流れていた川だったのだなと実感出来た。

その後、駆け足で見た「徳川御三卿展」だが、私の中では田安と一ツ橋はよく知っていたけれど、清水は馴染みがなかった。御三卿が御三家を補助する立場だったとは思っていたけれど、実際は幕末まで目にしなかった。

さすが徳川家だから、文書の文字の美しさ、紙の上品さなど、良質なものだ。当主の直筆の手紙があり、狩野派の絵を模写したものがあり、姿の良い焼物に梅を絵付けしたものがあり、活き活きとした文人殿様の様子が伺えて楽しかった。

あちこちに養子に出された子ども達は、各地の藩主となって徳川家を支えたのだね。小さな企画展だが、徳川家の人間をちょっぴり感じることができた。


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2010年11月 9日 (火)

「蔦屋重三郎展」@サントリー美術館

友達が上京して会うことになった。ついでに何か美術館でもと言うので、私の興味がある「蔦重」展に行くことにした。~歌麿・写楽の仕掛け人 その名は 蔦屋重三郎~と銘打った展覧会。東京ミッドタウンのサントリー美術館。

蔦重は私の好きな葛飾北斎とは、若い頃だけで、それほど大きな繋がりはなかったけれど、それでも浮世絵を見る時、彼の存在は大きい。もう一つ、彼は地元吉原の生まれで、吉原細見というお手軽美人リストを売って儲ける仕事からキャリアを始めた。まるで、今のベンチャー起業家みたいだ。アイデアで稼ぎまくって、ついには日本橋に店を張るようにまでなる。とても身近に感じられる人間だ。

扱われた作品の中でも歌麿と写楽は素晴らしい作品を残している。それだけでなく、まるで趣味の延長のように、俳諧や狂歌などの集まりを催しての刷り物出版など、あたかも暮らし全体を楽しんでいたような生き方がありありと見えてくる。

手鎖りの刑にあったり、財産半減されたりという、時の権力との戦いもあったのだから、決しておふざけの人生ではなかっただろうが、それでもめげずに人々の愉しむものを出版し続けていた男を感じることが出来た美術展だった。

最近は荷物になるからと購入しなくなっていたカタログだけど、資料的に整えられていて興味深かったので、今回は買ってしまった。

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2010年11月 4日 (木)

第二回「華競女伊達講談二人会」@神楽坂毘沙門天

女流講談師二人の競演、神田織音と神田きらり。

それぞれに二つ演じたのだが、神田きらりの「赤垣源蔵徳利の別れ」と神田織音の「百姓誉仇討」が印象に残った。前者はなんといっても『忠臣蔵』の中のストーリー、泣かせる要素充分のものだ。後者は新作だそうで、下総の百姓の息子が、殺された父親の仇を討とうと神道無念流の道場へ通って腕を磨き、ついに神楽坂の寺近くで仇討ちをし、それが侍以外の仇討ち第一号だったというストーリーだった。少しこなれてない語り口だったけど、内容はすっきりしていた。

「講談や浪曲をお好きなんですか」ときかれて、「笑いよりも泣きの方が気分転換になります」と応えた私。講談がこれほど笑いを追求するものとは知らなかった。浪曲の方が泣けるな。

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