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2012年3月 8日 (木)

3.11東日本大震災TVドラマ それぞれ

まもなく東日本大震災から一年を迎えるにあたって、TV各局が関連ドラマを放送している。

まず、NHKの「それからの海」が一番早かった。3月3日。それでも、あの甚大な被害を及ぼした大震災と津波をドラマ化するのに一年が必要だったということなんだね。このドラマは、海で夫が自殺した時に世話になった漁師を、女性が幼い息子と共に訪ねて、津波の被害にあった東北にやってくるというストーリー。親を亡くした子供や被災した人々、事実を取材して描いたというが、主人公の女性の夫が自殺していたという設定が最後までなじめず、作品としてはうまく鑑賞できなかった。

次が、TV東京の「明日をあきらめない~河北新報社のいちばん長い日」、仙台に本社がある東北の地方紙河北新報の、地震の後の大津波で被害を受けた記者たちそれぞれの奮闘振りと、海沿いの販売店一家の被災と立ち上がりを見せていた。同じようなドラマを阪神淡路大震災の後に見た記憶がある。それでも、これが、ほんの去年起きた事実に沿ったストーリーだと思うと、見ていて気持ちが入った。

自家発電は動いたが、サーバーがダウンして使えなくなり、新潟日報との協定に従って紙面作成をさせて貰う段取りがすぐついたのは、阪神時より進歩していたんだね。男女の記者を火災中の気仙沼に送った。被災直後の人々にカメラを向けるのをためらう記者。ここでも、「自分は何をしているのだろう」という呟きがあった。震災直後に、まず子供を引き取りに赴いた記者や、亡くなった子供を抱いて泣く父親を見て、自分の子供と同じくらいだと涙を流す記者など、それぞれが生きている人だということがよく出ていた。「見たままを書く」、彼らなりの結論は出ていたようだ。

河北新報って、東北では信頼性の高い評価を受けている新聞社だよね。亡くなった父親の跡を継いで新聞販売店を開くという息子、これも実話だそうだ。これからは紙からネットへと移っていく新聞かもしれないが、停電で、TVも見れない被災者たちには、ちょっと遅れた新聞でも、紙の新聞情報は貴重だっただろうことは想像に難くない。

そして、日テレの「3.11 その日 石巻に何が起こったのか」、これは地方紙というよりはむしろ、地域新聞と呼べるほどの小さな夕刊紙石巻日日(ひび)新聞の被災奮戦記である。自家発電がなく、停電し、輪転機が止まった時、長い社史の中で地域の回覧板として発行を続けた事実を思い出し、壁新聞のような手書き新聞を発行することにした。手書きで6箇所に張り出した。記者たちは地元の被災の様子や、市役所からの呼びかけ等を、自らの家族の安否確認が難航しながらも取材を続けた。

日テレらしく、少し理屈っぽい。 さまざまな問題点も示されたよ。コンビニから食料を持ち去る人々、ATMが荒らされたという噂、そして、自分の車のガソリンを緊急な要のある老人たちへ譲る人や、無料で温かい料理を分ける食堂主、炊き出しをする商店主たちなども出てきて、ちゃんと泣かされちゃった。

数日経つと、手書きで避難所情報を伝える石巻日日新聞の横で、輪転機で刷った河北新報が福島原発事故を報じていた。そして、通電して、石巻日日新聞でも輪転機が回った日の一面は、「皆でがんばっぺぇな」だったそうだ。

ワシントンの「ニュージアム」博物館に、この石巻日日新聞の壁新聞が、ジャーナリズムの原点として永久展示されることになったという。

他のチャンネルでもドラマを作っているのかもしれないが、今のところ、私の目にとまったのは、この3本。まだ福島原発事故を直接描いたドラマは出来ていないみたいだが、そのうち出てくることだろう。その時、被災者の心にも、振り返られる余裕ができているといいね。

新聞記者のみなさんは頑張ってくださいね。(^-^)V

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