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2013年1月

2013年1月28日 (月)

空飛ぶリチウム電池

日本の技術がいろいろと採用された新しいジェット機といわれたボーイング787、日本産業界の期待を背負ったこの機材が就航し始めると、あちこちに不具合が出た。日本の技術力というのは、20年の経済の停滞を生きている日本人にとって、僅かな心の支えのひとつだろうが、それが脅かされている。

毎月東京ー福岡を往復する身としては、不安があったのだが、今のところはB767が就航している路線らしい。更に、リチウム電池が火を噴くに至って、アメリカ政府の方でB787の飛行停止が決定されたので、実際の事故が起きる懸念は無くなった。

日本の電池メーカーに立ち入り検査も入ったそうで、しっかりと事故の原因を究明して欲しい。安心して飛びたいもの。

ゆうパックでは、リチウム電池を入れていないことを確認しなければ、航空便としては受け付けてくれない。リチウム電池が飛行中に爆発する危険があるとか聞いた。だから、リチウム電池を積み込んで飛ばす航空機と聞いた時はびっくりした。でも、自分が飛ぶ時の航空機の手荷物に入れていても、咎められたことはないんだよね。で、爆発したり、電池の不具合を出したりしたことはない。

私のスマホはXperia, どうやらリチウムイオン電池というものらしい。全くの素人だから、リチウム電池とリチウムイオン電池の違いは判らないけれど、個人的に感じることがある。毎月スマホをオフにして搭乗しているのだが、着陸した時、いつもじゃないけれど、電池容量が突然激減してしまったことがある。搭乗前にはメールくらいしかしていないので、それほど使っていないのに、着陸して電源を入れて使おうとすると、もう電池切れの表示が出てしまうということが2-3度あった。まるで、上空を飛んでいる時に電力を吸い取られたかのような印象なんだよね。

電池が高度な上空で何かから素人ではわからないような影響を受けるということはないのかなって、つい不安になってしまう。プロの技術者たちは、電池というものに対して、もう一度謙虚に向き合って欲しいと素人の私は願っている。

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2013年1月27日 (日)

海外プラントの危険性

JGC(日揮)とBPの在アルジェリアガスプラントで、イスラム過激派のテロによって多くの人々が殺された。隣国マリの過激派が、リビア政権崩壊後に流出した武器をもって人質をとろうとしたという。プラントの破壊も企てていたそうだ。

アルジェリア政府の発表では、37名の外国人が殺害されたというが、JGCで働く日本人17名のうち、10名が殺され、7名が生還した。テロが起きた時、日本政府などが慎重な対応をアルジェリア政府に要望したが、翌日アルジェリア軍が強襲して制圧した。一部では、この軍の攻撃のために人質に死者が出たと報じているものもあるが、一部では、テロ発生の際にすでに何人もの外国人が射殺されたという報道もある。

どんなテロだったのか、実像は見えないから何とも言えないけれど、戦闘員でない人々がこのように殺されることに対する怒りと悲しみが強い。死者を出さずに解決できる可能性はなかったのだろうか。世界の趨勢は、たとえ被害者が出ても、テロリストに妥協しないという方向に向かっている。何としても死者を出さないようにという願いは時に虚しい。

日本人の、人の命をまず第一に考えるやり方が、日本人をテロの標的にするという評論家の主張があったけれど、それでも、日本人が命を第一に守るべきものと考えるのは正しいと思う。失われた命は蘇らない。

そして、出来ることは少ないかもしれないけれど、テロを防ぐための可能な限りの対策を考えて欲しい。テロが発生すると、必ず死者がでる。テロは未然に防がなければならないね。

SonatrachとかBPとかJGCとかは、昔仕事で同じフィールドだった。世界のエネルギーを支える人々の活動だ。企業もプロジェクトの安全に一層の配慮をして欲しいのだけれど、政治家も世界の紛争を一刻も早く解決して欲しいものだ。政治交渉で問題が解決される時代の到来を熱望する。

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2013年1月14日 (月)

大雪の東京

天気が悪い時は極力外出を控える私だけれど、今日は覚悟の上で原宿まで行ってきた。家を出た時は雨で、途中で雪が混じり出し、原宿に着いた時は雪が舞っていて、足元が悪かった。地下道を使って目的地へ。

用を済ませて建物の外へ出て、びっくりした。一面の積雪、それも相当な厚みだ。爆弾低気圧?昼間になって雪が積もってくるというのは、冷え込みが相当厳しいことを意味しているはずだが、寒さの実感はなかった。大量の雪を踏んで歩くものだから、そこらへんすべてが水溜りみたい。空はまだまだ吹雪いていた。

すぐ地下に入るのももったいない気がして、カメラのシャッターを押す。単に大雪を撮ろうとしただけなのに、写っていたのは、表参道の積雪に動けなくなった車と、それを押す若者たち。それを見て、あぁ、大変な大雪なのだと実感した。駅にいたあの着物姿の新成人たちはどうしているだろうと心配になっちゃった。

それでも山手線が止まる心配なんてまるでしてない私は、暢気に品川駅到着。バスを待っていたら、全然来ない。あれ?もしかしてバスが止まるなんてことあるの?都バスの営業所に電話してみたら、先ほどチェーン装着を指示したので、作業で遅れた上、路上で動けなくなった乗用車が多いので遅れているとの案内。そうか、そうか、そうだよねぇ。

やっとやってきたバスに乗って、自宅の近くまで運んでもらう。チェーンの音がギコギコ、運転もとてもゆっくり。大変な思いをした人も多かったことだろうけれど、私としては、ちょっと楽しい大雪体験だった。

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2013年1月12日 (土)

新春 桂米團治独演会 於銀座ブロッサム中央会館

昨日、米團治の独演会に行ってきた。銀座なんて頭についているからどこかと思ったら、地下鉄新富町駅そば。落語をやるときは新富町と言ったほうが粋な音だよね。

落語の独演会って初めてだったけかな。一人で喋りまくるわけではなく、お弟子さんが中で喋って、本人の着替えや一息を助けるんだね。桂米輝と桂米紫、ふたりともそれなりに上手かったよ。よく笑えたもの。耶蘇教かぶれの日本語はちょっと違和感あったけどね。

中川清(桂米朝)作の「淀の鯉」、米朝が21歳という若さで書いた脚本というので、どんなものだろうと思ったが、とてもよく出来ている。米朝の才能の素晴らしさを示しているんだね。それから、これって以前一度聞いたことがあると感じた。米朝の舞台は見たことないはずだから、きっとTVだろうね。

米團治襲名前後の必死の舞台に心動かされて、何度か彼の舞台に足を運んでいる。段々慣れてきて、あんな必死の舞台にはもう巡り合えないけれど、素直に笑って帰れればいいと思おう。それにしても、「サクラか?!」と言いたくなるくらい強烈に笑う人たちがいる。追っかけかな。笑いたくて来てるんだね。聴きに来ているとは言いたくない。

ちょうど昨日の昼間、偶々録画されていたNHK番組ビデオを見た。笑福亭仁鶴が大阪の笑いの歴史を案内していた。私は長年「大阪の泥臭い笑いは肌が合わない。やすしきよしの漫才と仁鶴のお喋り以外は嫌いだ。最近の例外が米團治」と思ってきたが、旧い漫才に大笑いする私、びっくりした。今の関西の笑いとどこが違うのだろうと考えたら、演者の芸に対する真剣度じゃないかと思い至った。表面的な笑いを取るだけで人気者になれ、ボケをやってるけど書物をたくさん読んでいるんですよとか、雑学をいろいろ知っているんだとクイズに出たりする傾向があるものね。どんな形であれ、人気が出て、TVにあちこち出て、芸人が食べていける現代の傾向は、それはそれでいいのかな。

笑いということについて、ちょっとだけ考えた夜だった。

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2013年1月 1日 (火)

頌春

明けましておめでとうございます。

珍しいことだけれど、新年明けたばかりに書き始める。先ほど入浴していたら、遠くで除夜の鐘が聞こえた。そして、TVで、24時を過ぎると2013年という声。新しい年が明けたことを感じた。

亡くなった父の代わりをするために頻繁に帰省している暮らしだが、最近は母親に対して、補助よりもイニシャティブをとるようになってきていて、生活というものを実感することが増えてきている。ひとり暮らしでは、年中行事は大した意味を持たないけれど、家としてはご近所やお寺などといろいろ関係があるんだよね。

せっかく正月元旦から書き始めたので、今年は日記だけでなく、暮らし全般頑張ってみようかな、っと。(^^;)

良い年となりますように!

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