人形浄瑠璃・文楽

2013年9月24日 (火)

文楽「伊賀越え道中双六」@国立小劇場

今月の国立劇場は通し狂言文楽の「伊賀越え道中双六」。昼夜通して観た人には小さな復刻版懐中稽古本の抜粋をプレゼントするというので、しっかりいただきました。義太夫300回忌記念公演だそうです。

勿論、私のお目当ては「沼津の段」です。それ以外にはあまり関心がなかったのですが、やはり遠しで見ると良い点がありますね。まず、股五郎が殺しをやった場面があったので、敵という印象がはっきりしました。また、十兵衛が切り傷の特効薬を貰う場面があったので、沼津で実の父親に塗ってやったり、妹が刀傷を受けた許婚にその薬をやりたいと思う心情が直接的に理解できました。

そして人形遣いの勘十郎が素晴らしかった。平助は、まるで生きた役者を見ているような活き活きとした生命力を感じました。こういう感動は稀です。玉男を失い、蓑助が弱ってきた今、私にとって一番気を引く人形遣いの勘十郎だったけれど、今回の感動する舞台を見られたことはとても嬉しいことでした。

最近の義太夫では泣けないなぁと思ったりしていたものですが、今回の沼津ではしっかり泣きました。昔の太夫に比べると、発声が現代風過ぎると思っていましたが、今回は何となく素直に、これが時代の移り変わりというものかもしれないと思えました。これが収穫と言えるでしょうか。

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2011年10月 3日 (月)

文楽「ひらかな盛衰記」

9月の国立劇場小劇場の演目、「ひらかな盛衰記」の感想です。

「大津宿屋の段」では、たまたま同宿になった木曽義仲の遺児を含む一行と同じく幼子連れの巡礼の一行。夜中に討手が襲ってきた時、二人の子供は取り違えられる。

「笹引きの段」は、国立劇場小劇場内に大きな絵画が飾られている舞台で、お筆という女丈夫が獅子奮迅の戦いぶりをみせる芝居です。追っ手に子供を殺されてしまい、美しく可憐な山吹御前は絶命してしまう。お筆は女丈夫に刀を振るって戦い抜きます。奥方も遺児も亡くなったと思ったら、人違いで、死んだ子供は巡礼の男の子だと知って、大きな笹に山吹御前の遺骸を乗せて、引いて落ち延びる姿の頼もしさが印象的でした。

「逆櫓の段」と「紅葉狩り」の感想は割愛。

午前の部と違って、蓑助も勘十郎も住太夫も出なかったけれど、山吹御前のたおやかな美しさと、お筆の強い美しさを楽しめた。
   

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2010年12月 8日 (水)

文楽@国立小劇場

先日国立劇場で文楽を見てきた。以前は3部公演だったこともあったけど、今回は一日一度だけの公演で、夕方から始まった。

「安寿つし王 由良湊千軒長者」山の段 - 日本人にはよく知られた物語の中の一場面、人買いに重労働を強いられている姉と弟の嘆きの場なんだけど、前列のフランス語を話していた外人さん達は、こんな舞台を楽しんでいるのだろうかとひとごとだけど心配になっていた。イアフォンガイドで聴いている人はいたけれど、居眠りしている人もいた。一幕目で一人がいなくなり、二幕目が終わると全員いなくなった。一人だけ、居眠りもせず熱心に見ていた人がいたけど、彼も一緒にいなくなった。(^^;)

「本朝廿四孝」桔梗原の段・景勝下駄の段・勘助住家の段 - 「本朝廿四孝」っていろいろ観ているけど、なかなかストーリーを掴めない作品だ。前もって粗筋を読んでから見る。

兄弟が山本勘助と直江城之助となる展開は、まるで勘助と直江兼続が兄弟みたいで、いかにも物語っぽさが受けるね。勘十郎の人形の佇まいに気品があって好きだ。

最近TVで古い文楽の舞台を見ることがあったが、やっぱり昔の語りの方が情感が豊かだったと感じる。声の大きさとかじゃないんだよね。聴きながら人形の役の想いに心を載せることが容易に出来た。最近のはもの足りないよな。

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2010年9月19日 (日)

文楽公演@国立劇場

昨日の夜の部を見てきた。

「勢州阿漕浦(せいしゅうあこぎがうら)」と「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」ほぼ満席。中高年が多いのは当然として、男性客の多さが目に付いた。定年退職者たちだろうか。

熱心な大向こうが居て、歌舞伎みたいに盛んに声をかける。以前はほとんど聞かなかったことで、自然というよりは、意図的に文楽をこういうものにしていこうという人達がいるらしいと感じた。

観客も熱心なだけでなく、反応が一斉に起こる。なんというか、どっと笑うんだけど、従順で素朴なまでに率直な笑い声で、なんだか観劇というよりは、まるでレクチャーでも聴いてる人達みたいだ。これはどこから来るんだろうと思っていたら、多くの方々の耳から下がるコード、イアホンガイドだね。観劇の傾向に変化があるのかもしれない。

まぁ、私は大阪のベタな笑いが苦手で、桂川の義兵衛と長吉の掛け合いなどは笑えない。また、平板な展開のところではつい舟を漕いでしまい、「平治住家の段」前半でも、住太夫の語りなのに居眠りしてしまった。トホホ

でも、見せ場の後半や、桂川のしっとりとした場面などはしっかり楽しんだ。蓑助の娘お半は可愛らしくもちょっと色気もあって、さすが。勘十郎の長右衛門は、じっと座っている時でもちょっと品があって、妻を慈しみながらもつい若い娘に手を出してしまった壮年の男がよく出ていたと思った。

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2009年9月11日 (金)

文楽「伊賀越道中双六」@国立劇場

住太夫が聴きたくて行った今月の文楽は「伊賀越道中双六」、歌舞伎でも上演される演目だ。実は息子という十兵衛の人形は蓑助、実は父親という平作の人形は勘十郎、それに住太夫の義太夫だから、今現在望める最高の配役と言えるかも知れない。

幼い頃に手放した息子と老いた父親は、お互いが仕えている主が敵対関係にあり、父親は自らの命と引き換えに、敵の在処を聞き出そうとする。最初の重い荷を担がせてくれと頼んで、フラフラとした足取りで笑わせる平作。息子と判って、その立場を考え、腹を切って虫の息の中で敵将の在処を尋ねる。泣かせるねぇ。

昔は、特に住太夫だけが抜きん出ていたとは思えなかった。どの太夫でも感情移入して舞台を楽しめたのに、最近は他の太夫ではちょっと違うように思う。住太夫は人間国宝だそうだ。彼が芸の高みに達したとも言えるかもしれないけど、やっぱり他の太夫は差をつけられ過ぎだと感じる。

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2009年5月22日 (金)

文楽「ひらかな盛衰記」@国立小劇場

文楽は初めてという友達と国立劇場小劇場へ行ってきた。義太夫の住太夫が出演する午前の部を見たかったけど、早々と全席売り切れ、仕方ないから午後の部にしたけど、少々居眠りをした。

「ひらかな盛衰記」はドラマに起伏がすくなくて、友達が退屈するのではないかと心配した。イアフォンガイドを強く勧めたので、それなりに楽しめたと言ってくれたけど、「文楽ってこんなものだと思わないでね」なんて頼んじゃった(^^;)

どうやら、あまり上演されていなかった場を今回選んで上演したらしく、今月は玄人向けだったのだろう。

この日の物語を見る限りでは、梶原源太は、恩のある人に戦の手柄を譲るほど義の人かと思うと、人を騙して兵糧を募ったり、遊女になった妻が人を誑かして金子を得ようとする話を聞いて、「がんばれよ」みたいなことを言う、『なんだいアイツ』と思わせるような男だったけど、人形は惚れ惚れするような美形で、見とれてしまった(^^;)

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2009年2月21日 (土)

文楽公演「鑓の権三重帷子」&「敵討襤褸錦」

今月の国立劇場文楽公演は、3部構成で、夜の部「女殺油地獄」は見なかった。あまりに有名なストーリーで、以前にも見たことあったし・・・、結局それほど関心がない演目だってことかな。

それにしても驚いたのが、すぐ眠ってしまうこと。三味線の音に乗せた義太夫を聴きながら人形を見ていると、瞬きした際そのまま目を閉じて、耳で節を追いながら夢の世界へ。心地よいんだよねぇ。(^^;)

慌てて目を覚まして観るんだけど、また気付くと目を閉じてる。寝不足なのかもしれないけど、こうまで居眠りが続くのでは、つい人の所為にもしたくなる。

昔聴いた義太夫は、もっと激しくて、人の心・感情に訴えるものが強かったように思う。太夫の声に心を預けて人形を見ていれば、そのまま泣けたし、感動できたものだった。最近の義太夫はお利口さんというか、ちゃんと上手くていいんだけど、心が揺さぶられることが少ない。「鑓の権三重帷子」の見せ場というか、聴かせ場では、ここはもっとなりふり構わず盛り上げて欲しいよなと思うのに、優等生がちゃんとちゃんと演じてた。声に迫力がなくて、一瞬自分の聴力が落ちているんじゃないかと思ったほどだ。機内では気圧の関係で時々耳が遠くなる。その時のようにちょっと対応してみたけど変化無し。当然だよね、三味線はちゃんと聴こえてたんだもの。

竹本住太夫は別格だ。今でも聴いているだけでいいなぁと思う。もしかしたら「女殺油地獄」に出演で、聴けないかもと心配したが、幸い「敵討襤褸錦」の出演があった。大安寺堤の段の切で、刀の試し切りにしようと乞食のところへ来るが、その乞食は仇討ちを期していることが分かるという、台詞まわしが大切な場面だ。もちろん楽しめて有難かった。

この「敵討襤褸錦」の春藤屋敷出立の段に、ちょっとトロい長男を蓑助が遣っていた。出てきた時は、彼の体調が悪くて軽い役をしているのだろうかと思ったが、見ているうちに蓑助ならではの役なのだと判った。素晴らしかったよ。トロいから父親が殺されたことの意味をよく理解できなくて、、彼の周りには異なった空気が流れているが、それを蓑助が細かい動きで巧みに表現していた。敵討をしようにも長男だから率先しなければならないのに、それが出来ない。妾腹の次男三男に後を託して長男を手にかける正妻である実母。殺された父親に同行するのだよと言い聞かされて進んで死んでゆく若者の健気さが心に響いた。

蓑助や住太夫の演じる出し物ではそれほど眠くならずに鑑賞できたのは、彼らの技量故だろうか、それともその前に飲んだコーヒーの覚醒効果なのだろうか。

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2008年5月19日 (月)

文楽「心中宵庚申」@国立小劇場

文楽を見に行った。午前の部と夕方の部の両方、すなわち一日中国立劇場で過ごした。半分だと何となく物足りないんだよね。

「鎌倉三代記」は登場人物も筋立ても込み入って、こんがらがったいるし、人情の柵(しがらみ)みたいのが強すぎて、日本人の私にもうんざりな面があったが、隣にいた英語を喋る3人の外国人はやっぱり一幕で帰っていった。でもね、午前の部最後の出し物「増補大江山」は美女が鬼に変身するし、都の若者が鬼女の片腕を切り落とす立ち回りもあって、外国人でも楽しめただろうにと残念に思った。

夕方の部「心中宵庚申」が一番良かったね。昔は家が大事だから、家を守る為に養子をとり、その養子の息子に嫁とりをすることが多かったのだろう、嫁との仲を裂かれて義理と情愛のハザマで夫婦者ながら心中するということがあり得たんだね。義太夫も人形遣いも一流どころが出ていて、人形は佇んでいるだけでもしっとり色気があったりして、よかったよ。

最後の出し物「狐と笛吹き」は明治になってからの新作物で、言葉が現代っぽくて、その上恋人に「僕は君の身体が欲しいのだ」みたいな台詞があって、違和感増大だよ。あらすじを読んだ時は、狐の娘と人間の青年の恋だから、安倍晴明の親を連想してしまって、ファンタジーものかなと大いに期待したのに、まだストーリーがこなれていないということかな。

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