書籍・雑誌

2013年10月31日 (木)

「容疑者Xの献身」

東野圭吾、映像化された作品はいくつか見て興味を持っていたが、つい「とうの」と読んでしまいそうになる程度の知識しかなかった。

この作品は初めて読む彼の小説だけれど、以前映像化されたものを見た記憶がある。しかし、内容を記憶していなかった。

映像では福山雅治演じるガリレオ博士こと、天才物理学者湯川は大学同期の刑事の草薙と親交がある。草薙が担当する事件、顔を潰され、両手の指紋を焼かれた死体の関係者の女性が住むアパートの隣人が、かって好敵手だった天才数学者石神であることを知ると、彼はその事件に近づいてゆく。

石神は学者の道を断たれ、高校教師をしながらもひとりで数学の問題に取り組む暮らしをしていた。孤独な生活に彩りを添えた美しい隣人の母娘が、ストーカーとなった元暴力夫を殺してしまった時、彼はその女性を完璧に救おうと決断する。

石神の言うとおりに自然に暮らしを続け、自然に刑事に対応する母娘。どうしても刑事たちは彼女たちのアリバイを崩せない。湯川の参入により疑惑が石神に向かった時、彼は自分が殺したと自白する。

天才同士の知恵の衝突。筋道は解けても湯川には証明できなかった。それはその女性の良心によって明らかにされるのだが、その時同時に、石神の「献身」の意味とその重みが読者に明らかになる。おもわず涙しちゃったよ。

とても印象的な作品だけど、感動したら直後に読了。余韻を持て余しちゃった。

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2013年10月 7日 (月)

「かおばな憑依帖」続編:美也編と茅野編 by 三國青葉

ネット上の長年のお友達が、去年、日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞をとった「かおばな憑依帖」。今年、その続編「美也のハツテガラ」が七月に新潮社のネット上に、「茅野のユウウツ」が九月に小説新潮に掲載された。

ともに本編に負けず劣らず楽しい乗りのファンタジー時代劇。柳生十兵衛の玄孫右京の妻となった、まだ若き田沼意次の姉、美也には吉宗の生母の霊が乗り移っていて、尾張徳川家がらみの毒薬が江戸に入ったことによる殺人事件を解決する楽しさ。右京の母、茅野が黒い猫又を従えて、孫ゆえ迷う女の霊のために動いてやったとことで、尾張柳生が江戸に入り込んでいる事実をつかむ面白さ。この短編でそれぞれエピソードが解決するけれど、本編からのテーマもちゃんと流れている。きっとこれらのテーマが行き着くところに、大きなドラマが待っているのだろうな。楽しみだ。そして、これらの短編を集めてまた本が出来るのだろうな。

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2012年12月12日 (水)

「かおばな憑依帖」読了

これは日記というカテゴリーで書こうかとも思ったけれど、やっぱり書籍がいいかな。私の10年来のネット友達ふみさとさんが、ファンタジーノベル大賞の優秀賞をとってから4か月、ついに新潮社から刊行された。

三國青葉著「かおばな憑依帖(ひょういちょう)」、タイトルの通り、怨霊や生霊が飛び交うファンタジー時代劇である。主人公右京を初め、主だった人々が美男美女なのが素敵だが、みなさんどこか滑稽味を持っている。母に頭の上がらぬ美剣士と勝ち気な母とのやりとりは軽妙でお笑い度が高い。ノーベル賞を受けた中山教授の喋りにも通じる関西人のサービス精神かもしれない。

それにしても感心した。著者は、時代劇大好きフォーラムで知り合った、物知りの方だったけれど、剣術のこと、徳川家のさまざまな人物などを細かくつかんでいる。その上植物学とでもいう知識までいくと、敬服の至りだ。時代劇や歴史上の人物も大勢出てくる。江戸から京都へと舞台も広がり、トントンと進むストーリーについていくのが必死だった。

東京へ戻ってすぐ購入して読み始めたのだけれど、10日ほどもかかってしまった。私って本来遅読なんだよね。

最後の章は、<終わり良ければすべて良し?>というもの、はい、一応のハッピーエンドだから、安心して楽しく読めました。

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2009年10月30日 (金)

「人はなせ恨むのか 明治の思想を新しく読む」 by 苅部直東京大学教授

「オーサー・ビジット in 明治大学 『読書によせて』」という講演に行ってきた。
最初に『オーサー・ビジット』というのは、朝日新聞が長年やってきた、著者が小・中・高校を訪ねて語るという活動のことだと説明があった。”Author Visit”なんだね。私はどこかのメーカー名を冠した講演会かと勝手に思っていた。(^^;)
但し、英文図書を原語で読もうというわけではないようだ。
『人はなぜ恨むのか』というタイトルに惹かれて応募したのだが、読まれたのは福澤諭吉の「学問のすすめ」の中の『怨望の人間に害あるを論ず』という部分だった。
あれ、ちょっと違うと思った。私がタイトルから期待していたのは「恨み→憎しみ」だった。でも、ここに書かれていたのは「恨み→羨み」だった。失敗、失敗(^^;)
それでも、「学問のすすめ」の一部を読む機会を得たことは有意義だった。福澤諭吉は「自由がなく、情報の交流がない閉鎖社会では、羨望が発生する」と書いているようだ。「それは人間にも経済にも悪影響を及ぼす。人の交流は心に寛容を生み出し、怨望も消える」とあった。
そうだ、福澤諭吉の「学問のすすめ」って読んだことがなかったんだ。

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2008年12月 7日 (日)

加藤周一氏逝く

昨日、加藤周一氏逝くというニュースが流れた。年齢的に見て、あり得ることだろうけど、ついにという喪失感は大きい。

彼のどの著作を読んだと言うわけでもない。手にした新聞や雑誌のエッセーを読んだていどだろうけど、私は彼に『私淑』していた。

戦争のこと、平和のこと、そして人の心の問題について、一刀両断に単純化してしまいがちな私だが、それでも彼の文章の中に確固たる平和への意志を確認しては、自分のその時その時の心根を信じていく勇気を得ていた。

去年の木枯らしの季節だったか。東京大学に彼の講演を聴きに行った。偏屈そうな外見にも拘らず若き後輩達への穏やかな接し方が印象的だった。

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