歌舞伎と歌舞伎役者

2009年11月 6日 (金)

歌舞伎座さよなら公演「吉例顔見世大歌舞伎通し狂言仮名手本忠臣蔵」

今月の歌舞伎座へ行ってきた。やっぱり年末にかけては『忠臣蔵』がなくっちゃね。

お昼の部は大序から四段目まで。私が見に行った夜の部は五段目から十一段目の討ち入り、引き揚げまでだ。お目当ては梅玉の定九郎と仁左衛門の由良之助だったけど、見ているうちに、「そうだった。さよなら公演は美味しいところ満載だったっけ」と思い出した。お軽勘平のところでは、時蔵と菊五郎。流石菊五郎の勘平ははまり役だから安心して見ていられたね。次の一力茶屋の場面では、お軽は福助。いいね、泣かせたよ。

今日は珍しく最前列のど真ん中。花道の演技は見辛かったけど、これほど見慣れた演目ならば、それも大きなキズにはならない。真正面で役者を見ることが出来る醍醐味を満喫できた。最前列も好いものだなと感じた。

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2009年7月22日 (水)

七月大歌舞伎「天守物語」&「夏祭浪花鑑」

坂東玉三郎の「天守物語」を見たくてチケットを入手したのだけれど、なんと一般発売初日だったのに、2階席しかとれなかった。人気あるんだね。

今月は市川海老蔵が大活躍のプログラムだ。夜の部でみても、「夏祭浪花鑑」では主役の団七で、義父殺しの長い舞台がある。「天守物語」だとて、玉三郎の相手で長台詞で愛を語らなければならない。

海老蔵の団七と獅童の徳兵衛を見てると、若いなと思う。一般的な意味で獅童の方が決まっている。海老蔵は台詞も演技もちゃんとしているんだけど、訴えてくるものがない。大阪の若者の熱が伝わってこない。観客も乗ってないのがわかった。型は決まってかっこいいんだけどね。

一方「天守物語」は台詞劇、しかし型がしっかりしていて、選ばれた言葉が観客の心に印象を深めるから、海老蔵にはこちらの方が向いている。玉三郎のリードだから安心して見られる。舞台装置は2年前より簡素化されていたみたいだけど、充分楽しませてくれた。

歌舞伎座でカーテンコールがあったのにはびっくり。でも、玉三郎と海老蔵、それに我当だけが慎ましやかに頭を下げる様子は、歌舞伎の枠をはみ出してはいなかったと言えるかな。

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2009年6月10日 (水)

仁左衛門一世一代「女殺油地獄」@歌舞伎座

「片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候」とあっては見に行かざるをえないよね。でも手配が遅れたので、久しぶりの2階席さ。オペラグラス持参だった。

歌舞伎座のさよなら公演って、気合の入った演目が並ぶから楽しい。いいとこ取りを並べてると言えるかな。

今回のメイン以外で特に印象的だったのが「蝶の道行」かな。梅玉と福助の舞踊だったのだが、此の世では結ばれなかった相愛の男女が蝶になって華麗に舞い、弱って死んでゆく。その美しく、切ないことこの上なし。

「女殺油地獄」は仁左衛門が孝夫だった頃からのはまり役だというのだが、私はこの演目を敬遠していたこともあって、彼の舞台は見てなかったかもしれない。少なくとも文楽で印象的な舞台を見たことくらいしか記憶にない。

主人公の若者与兵衛は驚くほど現代的だ。油屋の息子だが、遊女に入れあげて借金はするは、対抗する者には狼藉を働くは。遠慮のある継父を軽視し、妹をたぶらかして店から金を引き出そうとする。継父や妹に次いで実母にまで暴力を働こうとしてついに継父に組み伏せられる。弱いくせに欲望に従ってやりたい放題で、無礼討ちになろうとすると平身低頭で謝り、強い者に叱られると、しゅんとうなだれて言葉もない。反省も口にする。ところが弱みを見つけると、すかさず何処までもつけ込んでくる。両親がこっそり用意してくれた大金も、巨額な借金には足りず、目の前の同業油屋には集金した金があることを知ると、もう自分を抑えられず、ついには意見をしてくれた女主人を殺してしまい、金を盗んで逃げてゆく。

片岡仁左衛門は、決してリアルな悪人には演じていない。あのたおやかな容姿のまま人をなぐり、悪態をつき、嘘でかき口説いても通じないと知るとついに刀に手をかける男。人を殺して足がガクガクになりながらも、悔やむ言葉もないままに金を懐に逃げていった。見終わった客が「怖かった」と言っていたが、多分与兵衛が今の我々の時代の人間に見えたのだろう。

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2009年5月17日 (日)

五月大歌舞伎「鬼平犯科帳」&「お染の七役」@新橋演舞場

歌舞伎鬼平犯科帳はこれで2度目かな。今回は「狐火」、

長谷川平蔵を吉右衛門、おまさは芝雀。粂八が歌昇で彦十が段四郎。そして、狐火の二代目又太郎を錦之助が、その弟で畜生働きをする文吉を染五郎がやっていた。

おまさ役は女形では難しいのかな。あの梶芽衣子のようなクールで毅然とした感じよりは女らしさがなまなましかった。錦之助と染五郎の兄弟喧嘩は好ましかった。錦之助がずいぶんとしっかりしてきて、単純な歌舞伎ファンの私が言うのはおこがましいかもしれないけど、役者として大いに成長したと感じさせられた。 

原作ともTVシリーズとも異なったエンディングだった。いいエンディングだった。盗人の三か条を破って皆殺しを行った弟文吉の、おまさへの報われない恋と兄弟愛。鬼平自身を堪能というわけには行かなかったけど、鬼平というドラマは堪能できたね。

於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)は、多分初めて見たと思う。福助が、お染、久松、お光、後家、奥女中、芸者、そして土手のお六という鉄火女の七役を演じる。早替わりは感心しちゃうし、後姿だけの代役との変化の仕方も楽しかった。でも、変化を楽しんでいるとやはりストーリーに感情移入は出来なくて、鑑賞といってもやはり違ってくるね。こういうものがあっても楽しいと言えるだろう。

私の永遠のお染は歌右衛門だ。まだ学生の頃見て、老年の男性が演じる娘の初々しさに感動した。その時のお光が芝翫で、決して美人じゃないけど健気な乙女心を感じさせたっけ。

 

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2009年4月14日 (火)

「歌舞伎座さよなら公演 四月大歌舞伎」

二年に亘るさよなら公演を銘打った歌舞伎座。大げさ過ぎると、あまり期待していなかったのだが、今月は懐かしい坂東玉三郎と片岡仁左衛門の「郭文章 吉田屋」があるというので、やっぱり観に行っちゃった。

結論は、行ってよかった、幸せな気分になれたってことかな。午前の部の先代萩も良さそうだと思ったけど、午後の部は玉三郎の夕霧花魁と相思相愛の仁左衛門の若旦那伊左衛門の恋物語。心中ものはよくあるけれど、これは周囲の情ある人々に救われて、純情な二人の若者は見事添い遂げることが出来ることになった。嬉しいねぇ。

夕霧をひたすら想う人の好い若旦那を仁左衛門が可愛く懐かしく演じる。こういうキャラっていいよねぇ。こんなのを観れるなんて、やっぱり歌舞伎座松竹は「さよなら公演」として頑張っているんだと納得したよ。

毛谷村の六助という快男児を演じた中村吉右衛門は、明るく豪快に演じていて好感。

最後の曽根崎心中の藤十郎親子も素晴らしかった。翫雀がちょっと手代には見れなくて、まるで侍みたいだったけど、そのくらい実直な男ということだろう。私の好きな橋之助が悪い奴を好演していて、軽い気持ちで人を騙して金を巻き上げたのだが、それが若い二人を死に追いやってしまう。

驚くほど若い藤十郎のお初。その若さが心中へと突っ走る二人の悲劇を見せて、良い舞台になっていた。

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2009年1月15日 (木)

「象引き」など@国立劇場

久しぶりに国立劇場に行ってきた。実家から戻って10日、気持ちとしてはもうお正月は終わっていたけど、劇場には正月気分がいっぱい詰まっていた。
観客に晴れ着姿も多かったし、劇場の中も白や桃色のもなか繭玉がぐるりと飾られ、舞台上方には役者の名前と紋を描いた提灯がずらりと並んでいた。
出し物の中の台詞でも新年を寿ぐ挨拶の言葉が散りばめられて、豊かに新年が明けた気分を堪能した。
「歌舞伎十八番の内 象引」『市川團十郎が相勤め申し候』と書かれた舞台は、派手派手で賑々しいお芝居だった。京からやってきた道真の怨霊みたいな装束の三津五郎と、東国の武者團十郎が象を引き合う。團十郎は大音声の台詞をちょっとセーブして始めたように勝手に感じたりしたが、最後、花道を象を引いて意気揚々と引き上げる時は、本物の大音声で、我々も大拍手だった。
天皇陛下在位二十年記念の「十返りのまつ」は中村芝翫を中心とした大勢が出演する舞踊だった。イアフォンガイドを使わない私は子役が出てもすぐには誰の子か分からないのがもどかしかった。しかし、イアフォンガイドを用いると、お芝居の台詞に集中できなくて、楽しめる度合いが下がるので、出来るだけ生で聴くようにしている。
最後の出し物「誧競艶仲町(いさじくらべはでななかちょう)」は、とても楽しめた。三津五郎の侍と橋之助の鳶が男の友情を結び、福助が二役でそれぞれにあいされる女を演じていて、最後は悪役をやっつけて大団円だ。
橋之助は私のお気に入りの一人だ。三津五郎って見るたびに良い役者なんだなという思いが深まる。そして、福助って、これも今更と言うことだろうけど、良い女形だなぁ。

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2008年11月17日 (月)

「秀太郎が語る 上方歌舞伎」

去る15日、上方歌舞伎役者の片岡秀太郎とNHK葛西聖司アナウンサーの話を聴いてきた。「花道会」という歌舞伎好きな方々の集まりに外部から参加させてもらったのだが、ある種のテンションの高さがあり、演目やら役名やらがポンポン出てきて、私にはついていくのがやっとだったけど、楽しい集まりだった。

片岡秀太郎って、先の仁左衛門の次男で現仁左衛門(ex孝夫)の女形、愛之助の養親というくらいしか知らなくて、その人については何も聞いていなかったけど、結構意志の強い人のようだった。数少なくなった関西在住の役者として、上方らしい着物の着方や所作を守ろうとする姿は有難いことだ。しかし、それだけに悩みもあるようで、愛之助のために東京へ出す方が彼の為ではないかと迷ったということは、守るべき芸と親としての情のはざまだったのだろう。

それだけに、上方役者として若者を育てる任を得たことはとても喜ばしいことだったようで、その喜びの心が伝わってきた。東京の国立劇場で育てた若い歌舞伎役者の中から人気者が出現していることが上方歌舞伎でも期待できるのだろう。

弟が仁左衛門を継いださいのこころもちが率直に語られたのにはびっくりした。また、上方歌舞伎が衰微していた頃、子役として南座に来た江戸歌舞伎の人々に上方から唯一人参加して、吐きながらも台詞をぜんぶ言って引っ込んできた彼をぎゅっと抱きしめて褒めてくれた小川ひなさん(中村錦之助の母)の話には感動してつい涙を浮かべてしまった。

語っている時はちょっと硬派的で、父や現仁左衛門ともさすがに似ているなと思わせたけど、終わってにこやかに退出する彼は、私が知っているソフトな笑顔の秀太郎でした。

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2008年11月13日 (木)

ふたたび「平成中村座」@浅草寺 - 隅田川後俤法界坊

今月も平成中村座に行ってきた。今月は『法界坊』、これはニューヨークでも公演されて好評だったそうで、関心はあったけど、お笑い系が苦手な私はちょっぴり躊躇があった。でも、楽しい公演だった。

色と慾につかれた破戒僧法界坊を演じる中村勘三郎が今月も大活躍。相愛あり、片思いあり、横恋慕ありの入り乱れが破綻して残酷な殺し合いになる。相愛に勘太郎と扇雀、片思いのまま殺される姫に七之助、殺された法界坊の恨みの霊が姫の霊と合体して現れるのはすこぶる現代的。美丈夫の橋之助が観音像をかざして霊を鎮めるという話。

歌舞伎役者ではない笹野高史が出ていて良い味を出している。TVで見た時には、彼の台詞だけが聴き取れなくて、やはり発声が違うんだなと一歩引いた気分だったが、今回は私の席が良かったこともあって、台詞の聞き取りには問題なかった。

勘三郎の法界坊がひっきりなしに喋る。台詞もあるが、観客対象のくすぐりも多い。最初は下世話な話に笑えなかった私だったが、勘太郎をいじったり、橋之助をいじったりするのにはつい微笑んでしまう。橋之助に来年第4子が出来ると聞いた時は信じてしまったよ。

言葉が溢れていたけれど、私としては法界坊が化けて出るほどの恨みの台詞を論理的に心に響くように聞きたかったというところかな。でも、とにかく、派手派手なエンディングまで観客を楽しませようとフル回転してくれた舞台だった。

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2008年10月 9日 (木)

仮名手本忠臣蔵@平成中村座

浅草寺裏に小屋を建てた平成中村座の通し狂言「仮名手本忠臣蔵」に行ってきた。A-B-C-Dと四つのプログラムがあり、二日続けて昼夜連続で見てきた。こうやって見ると、つくづく仮名手本忠臣蔵というのは仇討ちの物語というよりは、「愛の物語」なんだとわかった。

前半は座長である中村勘三郎が塩冶判官で切腹し、勘平で切腹し、戸無瀬の女形から馬に乗った服部逸郎の大団円まで八面六臂の大活躍だったけど、小さな小屋でそれぞれの役者も入れ替わりあれもこれもと演じていて、それはそれで楽しかった。

中村橋之助がまず高師直で憎憎しげに出てきたのにはびっくりしちゃった。あとの方では大星由良之助から斧定九郎、おかるの兄の寺岡平右衛門も演じて、幅広さを見せて貰った。私は平右衛門が一番好きだったかな。

片岡仁左衛門は大星由良之助が多く、一力茶屋の段がやっぱり一番よかったね。

勘太郎は勘三郎と同じく勘平の切腹の場を演じた。声などそっくりで、台詞回しも親から子へ繋がっていくのだなと感動するくらいだったけど、それでもやはりちょっと違っているんだよね。勘三郎の方が情が激しい、勘太郎の方が涼しげかな。

七之助のおかるがとても良かった。今回初めて七之助の女形をかわいい、美しいと感じた。それと、一時期女形というと誰も彼もが玉三郎と同じような発声をしていたものだったが、今回の七之助は、彼らしい美しい乙女が出来ていた。

連続二日間ぶっ続けで見ると、役者によって異なる演技というのが目に見えて面白かった。また、父と息子である勘三郎と七之助が母娘を演じて舞うとか、勘太郎と七之助が兄と妹を演じて掛け合いの台詞を聞かせるなどというのもくすぐられたね。

今、浅草では、江戸時代の芝居小屋近くにあった奥山という商店街を模した小屋風の店が並んでいて、300円の一両小判が期間限定で通用するようになっていた。町ぐるみで楽しめる風景を提供しているよ。

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2008年9月 7日 (日)

秀山祭九月大歌舞伎2008@歌舞伎座

昨日来月予約した平成中村座のチケットピックアップのために歌舞伎座窓口へ行き、気軽に「今夜の好い席は残ってますか」と訊いたのが運の尽き?なんと開演30分前なのに6列目中央が空いていた。こりゃ見るよりないね(^^;)

「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」

これまでも何回か「盛綱陣屋」は見ているけど、今日ほど子役が可愛いと思ったことは無かったような気がする。豪華キャストで、盛綱は吉右衛門、妻早瀬を玉三郎。キリリとしていいねぇ。盛綱の母微妙を芝翫、弟高綱の妻篝火を福助、他に左團次、歌昇や松緑が良いとこ取りみたいに次々に現れてきた。エキサイティング!

子役は二人。盛綱の一子に玉太郎、現松江の息子だそうだ。そして長台詞を頑張った高綱の一子に宜生。なんと橋之助の息子だという。それでは、先月見た納涼歌舞伎「三人連獅子」で扇雀と踊った橋之助親子の末っ子だ。橋之助は今月三越歌舞伎のはず。父親なしの舞台で頑張ってるね。あ、祖父と一緒かぁ。

「鳥羽絵」

えとに因みし戯れ絵の趣親子鷹とタイトルの頭にあるが、まさにその通りだった。下男役の富十郎とネズミ役の年の離れた息子鷹之資。見る方としては、ここまでそだって、父親との共演はさぞかし良い経験になるだろうなと感慨深いものがある。富十郎の踊りは滑稽ながら丁寧で流石だった。彼も元気になったね。

「河内山」

いわゆる河内山宗俊もので、吉右衛門が宗俊、敵役というか商家の娘に横恋慕して妾にしようとする大名を染五郎が演じた。染五郎の嫌味な役というので、内心興味津々だったのだが、なんと二人の掛け合いのところで居眠りしちゃった(^^;)刺激がなかったんだよね。

宗俊が帰ろうとして北村大膳に見破られるところは面白かった。大膳の由次郎の口跡は子どもの頃に映画で見た大河内伝次郎を思い出させた。あんな特殊な喋り方ってずっと不思議だったけど、あるんだね。

最後に意気揚々と引き上げる宗俊を悔しげに見送る染五郎の表情はよかった。

8月に引き続きイアフォンガイドを使ってみた。細かい説明があって、仕草や言葉のひとつひとつが理解できて楽しかったり、観劇の充実感があったりするのだが、どうも馴染めないこともあった。私の世代的なものかもしれないけど、台詞にしろ浄瑠璃にしろ、よく聴こえないところがあってのめり込めないのだ。時々イアフォンをはずして、両耳で神経を澄ませて聴いていくと、舞台の流れそのものを全身的に愉しむことが出来る。結局イアフォンガイドが必要ないくらい勉強すればいいんだね。

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2008年9月 4日 (木)

八月納涼歌舞伎午前の部@歌舞伎座

先週歌舞伎座に行った。3部制のうちの第一部を見た。「女暫」「三人連獅子」「らくだ」どれも初めて見る作品だった。

「女暫」は福助演じる巴御前が天下を狙う横柄な男を諌めたあと、引き際を女だからと照れて、勘三郎演じる舞台番の男に六方を習いながら慎ましく花道を引っ込む。

こういうのって、作品というよりも、客と愉しむ演芸に近いのかしら。夏の出し物らしいということかな。

「三人連獅子」は父親獅子が橋之助、母親獅子が扇雀、子獅子がなんと橋之助の長男だった。ぷっくり丸顔の小学生らしい国生がちゃんと見得を切るし、しっかり頭(かしら)を振って獅子を演じると観客のボルテージも否が応でも上がってゆく。父親の橋之助の気持ちを思うとこれまた微笑ましく楽しい。

「らくだ」は初めて見る作品だと思っていたけど、昔々に見たことがあったかもしれない。関西の落語だったのを東京へ持ってきて、歌舞伎にしたそうだが、ハチャメチャな笑いは確かに関西風かも。嫌われ者の馬太郎が死んで、通夜をしようと悪仲間の半次(三津五郎)は長屋の家主から酒と煮しめをせしめようとするが、家主が応じないので、屑買いの久六(勘三郎)に手助けさせて、家主の目の前で馬太郎(亀蔵)の遺体にカンカンノウ踊りをさせて怖がらせる。

遺体を抱えて躍らせるヨタヨタ動きが笑わせる。右へ左へ、そのうち遺体が自分で踊りだして客の笑いも一気に盛り上がった。

「納涼歌舞伎」らしく、とても気安く楽しめた。

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2008年7月27日 (日)

中村吉右衛門「藤戸」@「比叡山薪歌舞伎」

歌舞伎座や国立劇場だけでなく、琴平歌舞伎みたいなものを見たいなと思っていた。でも今年は市川海老蔵主演だし、彼を主にした舞台はちょっと前に新橋演舞場で見た時、まだ彼は若すぎると思ったので見送った。

薪能にも関心があったけど、今まで機会に恵まれなかった。今回比叡山の薪歌舞伎に中村吉右衛門ということで、決心しちゃった。

調べてみると夜の9時に終演後、9時10分くらいが交通機関の最終唯一の便のようで、乗り遅れる可能性を考えたら危ないと思えて、なんと団体旅行を申し込んでしまった。だから座席については諦めた。

結論から言うと「楽しかった!」

悪名高き京都の夏、しかしやはり比叡山は涼しい。夕方だしゆったりした涼風が吹いて、爽やかな宵だった。舞台が始まると陽が落ちて黒い空に映えるお堂の朱の組木、席は後ろの方で花道が切れるところだったけど、本来が小空間なので見辛くて耐えられないというほどのことはなかった。

まずは中村芝雀の「近江のお兼」力自慢の乙女の舞踊は軽妙で微笑ましく楽しめた。

ついで、中村福助の「舞妓の花宴」、美しい白拍子の舞だけど、毒気のない美しさで、図らずも居眠りしてしまった。申し訳ないけど、黒い空に映える阿弥陀堂などを眺めていたよ。

その後「火入れ」の儀。僧侶が比叡山開山のころから絶えさなかった火を薪に点火した。でも、実際薪だけで演じられるものではなく、電灯の補助もあった。

「藤戸」という作品は源平合戦を題材にしたお能の作品を、吉右衛門が歌舞伎舞踊として構成したものだそうだ。平盛綱は浅瀬を教えてくれた漁師を、秘密を守る為に殺していた。源氏の世になった時、盛綱の前に漁師の老母藤波がやってきて、息子を殺された悲しみや恨みを述べる。盛綱は回向を約束し、悪霊となって現れた漁師の霊を回向するというストーリーである。

吉右衛門は老母と悪霊を演じた。流石に自らの作品だからだろう台詞がしっかり入っている。珍しい女形、大柄な姿ながら無骨にならずに亡くなった息子への悲しみを表現した。一般的な母親像はもっとひ弱なイメージかもしれない。しっかり者の老伯母が愛しい甥子の死を悼んでいるとも見えそうだったけど、あの大柄の硬さがこの芝居の品格を支えているのかもしれないとも思った。

悪霊の発現は当然のことでしょう。しかし、盛綱の読経、回向の前に退散していった。ここのところはちょっと寂しかったね。非は盛綱にある。報われない漁師の魂はせめて成仏みたいな報いを欲しかったなぁとハッピーエンド好みの私は思ったのだ。

長唄囃子がついたが、私の大好きな笛の音がとても美しく響いて心に残った。

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2008年4月26日 (土)

「四月大歌舞伎」@歌舞伎座

予約を入れたのは、片岡仁左衛門の弁慶を見たいと思ったからだが、とても良かった。あの細い身体で豪快な弁慶をやれちゃうのが素晴らしい。

義経は坂東玉三郎、五條大橋などの場面と違って、『勧進帳』では義経の見せ場がなくて、玉三郎にはお気の毒。仁左衛門と玉三郎の組み合わせの妙を楽しむためには午前の部「熊野(ゆや)」の方がよいかもね。

もう一人の主要人物富樫を中村勘三郎がやっていた。ちょっと声が高いというか、他の役者と発声のやり方が異なるのか、子供っぽい声の印象を受けた。武ばった役より、彼が得意とする人情的な役柄にはぴったりというところか。

真山青果作『将軍江戸を去る』は江戸城開城前夜の物語で、迷いの残る徳川慶喜(坂東三津五郎)を山岡鉄太郎(中村橋之助)が説得するのはしんみり感動的だった。明治期の真山青果の作品は漢語が多くて、少し江戸期の歌舞伎とは台詞に違いがあるね。

井上ひさし作『浮かれ心中』というのはいわゆる新作で、今風のダジャレなどが一杯出てくる。私は井上ひさしの作品に馴染んでないので、最初のうちはつられて笑ったけど、楽しむというところまでは行かなかった。

終盤の宙乗りのギャグはさすがに笑った。金持ちの道楽息子が親公認で金に任せて物書きとしての名声を得ようと四苦八苦する。話題づくりの婚姻をしてみたり、わざと手鎖の刑を受けてみたり、揚句心中で話題づくりをしようと、真似事をやったつもりが、相方花魁を真に愛している男に殺されてしまう。それでもその男の魂は、ネズミの魂に乗って、客席を見立てた下界を眺めて綺麗どころに挨拶しながら天へ昇ってゆくのだ。こういうストーリーを楽しめたわけではないけれど、勘三郎の熱演を楽しんだというところかな。

友の役の三津五郎は、軽い役も上手いね。

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2008年3月28日 (金)

「歌舞伎役者十三代目片岡仁左衛門」&十五代目ライブトーク@Tollywood下北沢

26日と27日下北沢のTollywoodという短編映画館へ通いました。以前新聞で読んだことがあった羽田澄子監督のドキュメンタリーで、10時間41分の6作品を半分ずつ2日間で上映されました。感動しました。5時間なんて全然長くないです。

十三代目片岡仁左衛門って、頭の髪の先から足の爪先までひたすら役者だった人なのですね。それが彼の舞台、若い役者への教授、芸談を語る姿から見えました。

昨日見た作品の中では、「恋飛脚大和往来」の『新口村』の孫右衛門の父親愛が素晴らしかったですが、今日の出色は「伊賀道中双六」の『沼津』の平作、どちらも子ゆえの闇に迷う父親の愛を示して泣かせました。

関西歌舞伎というけれど、コテコテの浪花ではありません。品の良い凛とした人情ものが爽快な演技です。

なんといっても6本、10時間以上の作品なので、語りたいことは山のようですが、一つずつメモっていっても意味がない。この映画はお勧めだということで区切りとします。

今日は映画のあと、十五代目(つまり、十三代目の三男で以前の片岡孝夫)片岡仁左衛門と羽田監督のトークライブがあり、券は売り切れていたのだけど、入れなくても覚悟の思いでキャンセル待ちをしました。Tollywoodは若い職員が数人でやっていて、とてもゆったり融通無碍で、そこはかとなく人間的な映画館です。この9年で初めてという、ホール(定数40数名)のドアを開放しての立ち見を入れてくれて、私も見ることが出来ました。感謝。

昨日歌舞伎座の楽日だったという当代仁左衛門は、語りは苦手と言いながらも、努めて家族の思い出や父親への思いなどを語ってくれました。最後を十三代目の本の中で、この映画について書かれた感想を朗読することで締めくくってくれて、仲々の演出家と見えました。

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2008年1月21日 (月)

「雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまさくら)」@新橋演舞場

観てきました。市川海老蔵の五役。私にとって「海老蔵だから」見に行くと決めた初めての舞台です。

今日は雪の予報がでていたので、目いっぱい着込んで出掛けたけど、積雪どころか降雪すらなかったのはとても有難いことでした。

「今日の舞台は収録するのでご不便をおかけします」というような案内があったので、役者のテンションの高い舞台が見られてラッキーだと期待したのですが、特別な緊張感もかんじられず、何の収録だったんだろうと思っちゃいました。勘三郎と海老蔵の違いかしら。でも、楽しい舞台でした。

「鳴神」はいろんな役者で見たことがあったし、「毛抜き」も昔見た記憶があります。それらを通し狂言で見られるというのが面白かったです。舞台に集中したいからイアフォンガイドは借りませんでした。時々台詞が小さくて聞き取り辛かったり、音曲に負けそうになったりしたけれど、カタログで前もって筋を読んでいたので無理なく楽しめました。

騙されてばかりの鳴神上人は可哀想!粂寺弾正って、案外ひょうきんです。早雲王子の白塗りの悪役ぶりがいいですね。

後半の早雲王子の立ち回りでは、王子の疲れなのか海老蔵の疲れなのかはっきりしなくてハラハラするところもありましたが、アドリブもたっぷりで、海老蔵などが客席に降りてきたりして、正月らしい華やいだ舞台でした。

二階に成田山が祭ってあって、賽銭箱がなかったので、お願い事は無しにして、ご挨拶だけに手を合わせてきました。

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2008年1月16日 (水)

「野田版研辰の討たれ」シネマ歌舞伎

東銀座の東劇まで行って来ました。

この歌舞伎の舞台を撮影した作品は前回の「京鹿子二人道成寺」を見ていたので、見ようかどうしようか迷っていました。そこへ中村勘三郎の挨拶があるというので、エイヤっと出掛けてきました。

まぁ、みんなが汗だくの熱演でした。主役の勘三郎は脱水症状になるのではないかと案じられるくらい汗を流して、口から泡を吹く勢いでした。素晴らしいのは他の有力役者たちまで総てが熱演だったことでしょう。一瞬も気を抜くことなく、ひたすらその役に入り込んでいたことです。視線が泳ぐ人が一人もいないんだものねぇ。

ストーリーは赤穂浪士の討ち入りが話題になる時代、研ぎ師だった辰次(勘三郎)が憧れて侍になったが、命をかけた仇討ちを理解出来ない。生意気を言って侍(三津五郎)に打擲され、腹立ちまぎれにカラクリで驚かしたら、相手が脳卒中で死んでしまい、その息子達(染五郎と勘太郎)に仇と狙われることになってしまう。周囲(福助、扇雀、七之助、獅童など)は無責任に仇討ちを誉めそやし、死にたくないと嘆く砥辰を、高僧(橋之助)の言葉に従って一度は許そうとした息子達も思いなおして研辰を討つ。

息もつかせぬスピードと、技量の高い歌舞伎役者の全力投球でとても質の高い舞台が出来上がったものだと感心しました。でも、私にとって大好きな出し物とは言えません。私はどんなに笑えても「寅さん」は好きじゃないんです(^^;)

命を賭けることの意味を提言していたようだけど、その主張はあまり確定的ではなかったので、お芝居の中に消えて行ったように感じました。

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2007年9月13日 (木)

秀山祭九月大歌舞伎@歌舞伎座

安倍首相辞任表明の大騒ぎをよそに、歌舞伎座夜の部を楽しんできました(^^;)

昨日の文楽は最前列、今日の歌舞伎座は花道脇の一桁列という良い席ゲットで、今月は幸運な私です(^-^)

久しぶりの花道脇、玉三郎だって吉右衛門だって福助だって、手を伸ばせばタッチできそうな目の前を通っていくこの臨場感は、やっぱり感動的ですね。傾城阿古屋を前後に挟んでそれぞれ3人の捕手が花道を出てくるのですが、玉三郎にからむ彼らの緊張感も伝わってきました。化粧しているからだけど、捕手がみんなグッドルッキングで、義太夫を呻った若者も仲々の熱演でした。

「壇浦兜軍記 阿古屋」

私のお目当てはこの作品でした。玉三郎演じる阿古屋が、恋人平氏景清の行方を吐けと源氏の代官(吉右衛門)に取り調べられます。琴責めと呼ばれていて、琴と三味線と胡弓をどんなふうに弾くのか楽しみでした。昔、文楽人形の琴責めに感動したことを記憶しているのですが、今回玉三郎も素晴らしかったです。最初、鳴り物の三味線と一緒に演奏したので、そんな感じで仕舞いまでいくのかと思っていたら、ちゃんと独奏の見せ場というか、聞かせ場を作ってありました。

あと、段四郎の岩永(赤ら顔で、阿古屋を厳しく責めろと主張する男)が人形ぶりだったのが笑えました。眉が文楽人形の様に上下するのが楽しかったけど、昨日文楽を見た目には、もう少し人形らしい動きを工夫しても良かったのではとおもえました。

「身替座禅」

不思議なことながら、最近あちこちの舞台に上げられる出し物です。見れば誰にでも分るし、笑える単純なお芝居なのが人気の秘密でしょうか。

いい男に醜女という、どうしてこんなのと結婚したのか説明が欲しいような組み合わせが多い中、今回の団十郎の夫と左團次の妻は無理のないカップリングに見えました。団十郎の明るいお人よし亭主ぶりがとってもお似合いでした。怖い妻の目を盗んで遊び女に会いに行き、有頂天で帰ってくる憎めなさがうまく現れているのは、団十郎自身の人柄故でしょうか。

染五郎が太郎冠者役でしたが、仁左衛門に似ているなぁと思いながら見てました(^^;)

「二條城の清正」

秀山祭(初代中村吉右衛門に因む)としてはこれがメインの作品だと思うんだけど、私のテンションはちょっと低くて、居眠りしちゃいました。

左團次の家康、吉右衛門の清正、福助の秀頼の配役で、家康に二條城に呼び出された秀頼の護衛で付き添う清正が、徳川方の秀頼暗殺を防ごうと丁々発止の演技で、良くできた舞台だったと思いますが、なにせ私はあとひとつ加藤清正に関心がないのです。

でも、最後の場面、淀川を船で京から大坂へ戻ってきて、いよいよ大坂城が見えてくると清正は秀頼の命を守りきったという大団円は充分盛り上がりました。

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2007年5月24日 (木)

市川春猿@徹子の部屋

番組の冒頭で、「最近バラエティにひっぱりだこの歌舞伎役者」と紹介された市川春猿は、バラエティ番組をあまり見ない私の目にも止まっています。

特に彼のファンというわけではないけれど、去年の舞台の感動は忘れられません。玉三郎の「天守物語」が大好きで、それを見たくて出掛けた歌舞伎座で見た「夜叉が池」に出ていました。玉三郎が長年演じてきた役ですね。でも、私には初見でした。

まぁ、今時あんな「女性の精」みたいなたおやかな役をあれほど見事に演じられるなんて、女形ならではでしょうね。それでもどんな女形にでも出来るという役ではないでしょう。姿と演技があいまって、とても印象的でした。玉三郎の芸が伝わっているんだなと納得しました。

それから春猿について知るようになりました。3歳ごろからTVを見て歌舞伎の真似をしていて、それが嵩じて中学を卒業すると国立劇場の修習生になったそうです。何といっても、ご両親の理解があったのが素晴らしいなと聞くたびに思います。

「好き」を「人生」にしちゃった人なんですね。

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